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ルチルは、料理人たちを4つのグループに分け、それぞれ指示を出すことにした。
新商品というだけあって、護衛でついてきているオニキス卿はソワソワしている。
あれは絶対に味見をする気でいるはずだ。
具沢山の野菜スープは、ささみと根菜中心に材料を伝え、作りはじめてもらった。
逐一言わなくても軽く伝えるだけで、普段から料理をしている人なら作れるほどスープは簡単に作れる。
3食置き換えなくていい。
朝と昼は腹八分目にして、夕食だけ栄養を忘れないダイエットメニューで十分だ。
そう言われても不安になるだろうから、スイーツと後からリバーにお願いをする粉を活用する。
それ以外は、運動で補えばいい。
何でもかんでも制限したら、今度は食べられないストレスで痩せないかもだし、目標達成後のリバウンドが怖くなる。
無理のない範囲で頑張ることは、とても大切なことだ。
ダイエット用のスイーツは色々あるが、今回作るのは以下の通りである。
【スフレケーキ】
ヨーグルトに小麦粉と卵黄を入れ、混ぜ合わせる。
卵白に砂糖を入れ、泡立てる。ツノが立ったらオッケー。
卵白を潰さないように3回ほど分けて、ヨーグルトの方に混ぜる。
綺麗に混ざったら、型に流し込む。
お湯をはった鉄板に型を乗せ、オーブンで焼く。
焼き途中でオーブン内の熱を逃してあげれば、表面割れが防げるらしい。
粗熱をとって冷ませば完成。
前世のルチルは、焼いている途中で熱を逃すのが面倒くさくて開けたことはない。
表面が割れていても味は変わらないし、家族や友達しか食べないのだからと気にしたことがなかったのだ。
今はきちんと焼き上がることの方が大切なので、表面割れに関しては今後の課題として料理人たちに丸投げをしようと思っている。
なので、今日のスフレケーキは表面が割れている。
「なにこれ! かるっ! しゅわ! ふわ! 美味しい!」
オニキス様は、いつもながら的確な感想だわ。
というか、いつの間に食べてるの?
食べていいかどうかの確認なかったよね?
まぁ、いいけど。
【チョコ風ケーキ】
卵白に砂糖を入れ、ツノが立つまで泡立てる。
ココアパウダーと卵黄とメレンゲ3分の1をしっかりと混ぜる。
残りのメレンゲは2回に分けて混ぜるが、この2回は白色がなくなるまでさっくりと混ぜ合わせる。
オーブンで焼いて、粗熱が取れれば完成。
「うわ! これも軽い! でも、しっとり! ほのかに苦味があるのに甘さもあって美味しい!」
本当にオニキス様は食レポ上手だわ。
アマリンたちは驚きで声が出ていないけど、手が止まっていないから美味しいって分かる。
いいね、いいね。
【豆腐チップス】
豆腐を水抜き後、潰してから裏ごししなめらかにする。
ここで味付けになる塩や醤油や青のりを入れる。
※塩や青のりは入れずに最後にかけてもいい。
鉄板に薄く伸ばして、オーブンで焼く。
焼き上がったら、適当に崩して完成。
ちなみに、どれだけ薄く伸ばせるかで味が変わる。
食感を大事にしたいのなら、絶対の絶対に薄く伸ばすべし。
「ええ! 豆腐なのに豆腐じゃない! 不思議! パリってしてて美味しい! いくらでも食べられる!」
作りはじめは「えー、豆腐ー」って文句言ってたわりに食いつきがいいじゃないか。
文句言ってごめんなさいって謝っていいんだよ。
今、謝らないと謝る機会ないよ。
ダイエットスイーツは豆腐を用いたものが多いけど、どうしても豆腐の味がしちゃうから1つでいい。
美味しいけど、欲しいのはこれじゃない感が積もるとストレスになるもの。
全員で試食という名のお茶会をしていたら、リバーがやってきた。
「ルチルさまー、面白いことないですかー?」
言いながら、豆腐チップスを口に運んで目を見開いている。
美味しかったようでリバーの手は止まらない。
「リバー。提案する前に、おからをパウダー状にする魔道具を作ってほしいの」
「そんなことなら1日あればできます」
おお! さすが変人だけど天才なだけある。
「後は、何が欲しいかなぁ?」
「愉快痛快なものにしてくださいね」
「あ! 1人用の乗り物が欲しいわ!」
「1人用の乗り物ですか? 馬車や馬ではダメなんですか?」
「どこかにお出かけじゃなくて、城内や屋敷内、庭とかを移動する小型の乗り物が欲しいの。疲れている時に歩くの大変なのよ」
何も想像できないのだろうリバーは、人差し指を顎に当て、斜め上を見て考え込んでしまった。
ルチルは、横から白い目で見てくるオニキス卿を見ずに声をかける。
「なにかしら?」
「べっつにー。全く運動しないのに歩くのさえやめちゃったら太るよって思ったの。殿下は気にしないだろうけど、殿下と並ぶ時の妃殿下を俺は心配したってわけ」
「私、きちんと頻繁に運動しているわよ」
「えー? いつー?」
「アズラ様が寝かせてくれないのよ」
「うわっ! 聞きたくない!」
大袈裟に耳を隠すオニキス卿に「毎日大変なの」と詰め寄って戯れていると、視界の端に真っ赤になっているアマリンたち侍女とアンバー卿をはじめとした女性騎士たちの顔がひっかかった。
ルチルの専属護衛はオニキス卿以外は女性なので、アズラ王太子殿下の独占欲がありありと分かる。
初心な子たちの前で何をやっているんだと反省していると、オニキス卿とルチルの話が耳に入っていなかっただろうリバーが紙とペンをルチルに差し出してきた。
「全く想像できません。ルチル様が思い浮かべている形を教えてください」
「わかったわ」
ルチルは受け取ったペンで、紙にセグウェイとキックボードを足して2で割ったような物を描いた。
「立って乗るんだけど、乗る場所は余裕がある方がよくて、バランスを取るために持ち手は必要でしょ。この持ち手を動かして前後左右に動けてもいいんだけど……でも、前に進むのだけは足で踏むボタンがあってもいいわね」
「おおおお! なんですか、これ! なんて素晴らしい案なんですか! これは革命が起きますよ!」
ルチルが描いた絵の紙を掲げるように持ち上げたリバーは、鼻息荒く走り去ってしまった。
リバーの奇声になれていない侍女や騎士たちは、目を点にしている。
「リバー! こっちのみんなとも力を合わせてねー!」
届いているかどうか分からないが、聞こえたと信じたい。
なにせリバーは今もまだアヴェートワ公爵家で雇われている身なのだから、リバーばかりに提案をするとキルシュブリューテ領の魔導士たちに怒られてしまう。
振り返らないリバーに、ルチルは呆れたように息を吐き出した。
「いつもながらだけど、妃殿下は絵のセンスないよね。リバーさんはよく分かったなぁ」
抗議したところでオニキス卿は微笑むだけなので、聞こえなかったフリをするに限る。
ルチルは、苦笑いしている料理人たちにおからパウダーが出来上がったら作って欲しい物を伝えた。
「苦笑いしてるってことは、みんなもあたしの絵が下手だと思ってるの!?」という気持ちは、グッと堪えた。
そして、新しく作ってもらったスイーツと、野菜スープを受け取り、転移陣でアヴェートワ公爵家タウンハウスに戻った。
アヴェートワ公爵家タウンハウスに着くと、祖父が笑顔で出迎えてくれた。
「お祖父様、こちらにいらしたんですね。お会いできて嬉しいです」
言いながらハグをし、頬にキスをし合った。
幸せそうに顔を緩めてくれる祖父に、ルチルは胸が温かくなる。
「本邸の方にいたんだが、リバーを呼びにきたケープを見かけてな。聞いたらルチルが来ていると言うじゃないか。会いたくて待っていたんだよ」
「そうなのですね。予定が詰まっていて本邸に寄らずですみませんでした。お祖父様が来てくださって本当に嬉しいです」
目尻を下げて頭を撫でてくれる祖父に、ルチルははにかむように微笑む。
「馬車の用意は済ませているぞ」
「ありがとうございます。お祖父様、今度夕食をご一緒しませんか?」
「もちろんだ。いつでも声をかけてくれ」
馬車に乗る前に、祖父ともう1度抱きしめ合った。
窓から手を降り、小さくなるまで見送ってくれる祖父に少し切なくなる。
もっと時間を捻出して、実家に遊びに行きたいなと思いながら、ポニャリンスキ辺境伯家タウンハウスまでの景色を眺めていた。
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