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早速行動を開始しようと思った翌日、今日もまたフロー公爵令息は想いをしたためた手紙を朝一で持ってきた。
昨日返事をもらえなかったのだろう。
いくら相手が閨の先生だったとしても、シトリン公爵令嬢がどう思うかだから、こればっかりは仕方がない。
ルチルは、シトリン公爵令嬢の話を聞き、気持ちの捌け口になろうとは思っているが、フロー公爵令息の味方はしないつもりでいる。
悲しませた事実は消えないのだから、シトリン公爵令嬢の傷を癒せるよう死に物狂いで努力しろと思っているからだ。
いくら貴族社会だからといって嫌なことを我慢するのはおかしいんだから、納得いく形をそれぞれではなく2人で見つけるしかない。
そう、2人で答えを見つけるしかないのだ。
それぞれで見つけた方が簡単で、2人で見つけるのは困難だろう。
でも、これから共に歩むためには必ず必要なことだ。
この先何度もすれ違わないために、2人で答えを出すことがどれだけ重要で大変かを今知れてよかったのかもしれない。
まだまだそこまで考えられないだろうし、今回の問題は難しく重すぎるとは思うけど、よかったと感じるところがないとやりきれない気持ちなる。
とにかく今は根気よく愛を伝えて、好きを信じてもらえるようにフロー公爵令息は頑張るしかない。
話し合いがしたいのなら、まずはそこをクリアするしかない。
今日の手紙は、夕方になるがルチル自身が届けると約束して、フロー公爵令息には帰ってもらった。
そして、勤務が始まる前のジャス卿と話し、エンジェ辺境伯令嬢のことは見守ってあげてほしいと伝えている。
眉間の皺を深くして顔を歪ませていたが、「よろしく頼む」と頭を下げられた。
力になりたいが、無粋なことはしたくないとのこと。
頑張り屋のエンジェ辺境伯令嬢に見合う男になるべく、訓練を強化するそうだ。
エンジェ辺境伯令嬢には、3食お腹八分目まで必ず食べるようにと約束させた。
困惑していたが、規則正しく食べた方が痩せる体を作ることができると説明して、なんとか頷いてもらった。
ダイエットメニューは、おやつを含めて今日渡す予定になっている。
運動に関しては、家の外周を歩くことを続けてもらい、追加でしてもらうラジオ体操第1と第2を教えた。
教えている最中に隣でオニキス卿がお腹を抱えて笑っていたが、無理矢理一緒にさせると「これ、いいかもしれない」と頷いていた。
ジャス卿と話を終えたルチルは転移陣を使い、アヴェートワ公爵家を経由して、キルシュブリューテ領に向かった。
王太子妃になった際に、キルシュブリューテ領はルチル個人の財産としてアヴェートワ公爵家から寄与されている。
受け取るかどうか悩んだが、愛着もあるし友達の元領地を買い取った責任もある。
王室の予算以外で使うことができるお金ができたと思おうと、自分に言い聞かせ受領していた。
そのため、今も領内の政策はルチルが行っている。
転移陣については、王城から直接繋いでもよかったが、莫大な費用がかかるので設置をしなかった。
アヴェートワ公爵家を経由しても1分かからないくらいの誤差で着くのだから、そこにお金をかける必要はないと判断したのだ。
「おかえりなさいませ」
「ただいま、ケープ。早速で悪いんだけどミルクと遊んであげてほしいの」
『なんという言い草だ。我はケープの邪魔はしないぞ』
いやいや、ケープが挨拶してる間に尻尾振りながら飛びつきましたやん。
「ミルク様、お元気そうで何よりです」
『うむ、元気だぞ』
「少し大きくなられましたか?」
『よくわかったな。さすがケープだ』
会話ができないのに成り立っているんだから、なんとも不思議である。
「ルチル様。リバーがルチル様がお姿を見せたら呼んでほしいと言っていましたが、いかがいたしましょうか?」
「頼みたいことがあったから丁度よかったわ」
「すぐに呼びに行ってまいります」
『我も行くぞ』とケープを追いかけるミルクを見送ってから、ルチルは厨房へ向かった。
新商品を作ることはめっきり減ってしまったが、何かお願いをする時はキルシュブリューテ領の料理人たちに依頼している。
今回は、エンジェ辺境伯令嬢へのお弁当とお菓子を作ってもらおうと思っている。
ここは美の聖地なのだから、ダイエットメニューが増えるのはいいことだ。
えん麦が見つかればオートミールが作れるのになぁ。
牧草のはずなのに、ルクセンシモン公爵家が誇る放牧地でも見かけなかったんだよね。
たぶんだけど……遊ぶのに夢中だったけど見たら気づいたと思う……たぶん……あたしが好きじゃないからスルーしたとかはないはず……たぶん……
厨房に着くと、全員から顔を輝かせて見られた。
小さく笑ってしまうと、料理人たちは恥ずかしそうに頬を染めている。
「料理長、作ってほしいものがあるの。お願いできるかしら?」
「もちろんです!」
「ダイエット用のスイーツを3つほどと、ささみを使った野菜たっぷりのスープを作りたいの」
「スイーツなのにダイエット用ですか?」
「うん、スイーツは旅館の料理人にも伝えてくれる?旅館でのみの提供にするから」
「かしこまりました。あ、でも、本邸の料理長が奥様用に何かレシピが欲しいと、この前唸っておりましたよ。ルチル様、遊びに来てくれないかなぁって」
クツクツと笑いながら言う料理人に、よっぽど頭を抱えているんだと分かった。
キルシュブリューテ領の料理人たちとアヴェートワ公爵家の本邸とタウンハウスの料理人たちとで、料理や素材等の情報交換会という、腕の見せ合いが3ヶ月に1回のペースで行われている。
珍しい料理を作った屋敷が優勝するそうだ。
楽しそうにしているし、ルチル自身が食べることが好きなので、好きなように研究していいと伝えている。
「お母様やお祖母様のお茶会限定ならよしとするわ。宣伝してもらいましょう」
うんうんと頷いていると、オニキス卿が「それ、王妃様も入れないと拗ねられるよ」と教えてくれ、誠心誠意の感謝を述べたのだった。
もう1話投稿します。
次話は、簡易レシピが載るので長めになります。




