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温かいお茶にホッと一息ついたシトリン公爵令嬢は、「ムカついてきたわ」と思いの丈を吐き出しはじめた。

涙は止まっていないが、ようやっとシトリン公爵令嬢らしい姿になり、ルチルはうんうんと頷きながら話を聞いている。


フロー公爵令息の浮気相手は、ラリマー・メクレンジック伯爵夫人。

数年前に馬車事故で夫を亡くしている未亡人らしい。

遠い昔に挨拶をしたことがある気がしたが、彼女は夫を亡くしてから社交場に出てきていないと聞いて納得した。


というか親世代の人だったので、名前を聞いた時に咽せてしまった。

「汚いわね」と言われ、それでこそシトリン様と思ったものだ。


「あんなババアに負けるなんて信じられないわ。私とは正反対じゃない。私を好きだって言ったくせに最低だわ。そう思うでしょ!」


「本当ですわ。シトリン様の可愛さを全く分かっていないなんて、フロー様は頭がおかしいんですよ。こんなに可愛いシトリン様の何が不満だと言うんでしょうね。どこまでボコボコにしましょうかね」


「シトリン様は可愛い」と力強く言うルチルに、聞かされた本人は耳まで赤らめて視線を逸らしている。


恥ずかしさを誤魔化すように咳払いしている姿も可愛くて、ルチルはニヤニヤしてしまうのだが、もちろん「ニヤニヤするんじゃないわよ」と怒られる。

「ごめんなさい」と素直に謝ると、真っ赤な顔で「許してあげるわ」と言われた。


シトリン様の可愛さは最強だよ、本当に。

どうしてもニヤニヤしちゃうんだから。

こんなに可愛いシトリン様を悲しませるなんて許せん。


お茶を1口含んだシトリン公爵令嬢から改めて話が再開され、ルチルは喉に空気を詰まらせそうだった。


なんとラリマー伯爵夫人はシトリン公爵令嬢の外出を見計らって、宝石店にて待ち伏せをしていたそうだ。

いつもなら商人たちを家に呼ぶが、久々に色んな店に行ってみたいと思い外出し、宝石店を出たら馬車の前で待ち構えられていたとのこと。


「折角いい宝石を見つけたのに、もうあの宝石いらなくなったわ。きっと見たら思い出してイライラするはずだもの」


と、シトリン公爵令嬢は両手を握りしめて顔を歪めていた。


そして、待ち伏せをしていたラリマー伯爵夫人から意味深に「他の人には聞かれない方がよろしいお話です」と言われて、仕方なく馬車の同乗を許したそうだ。


「で、浮気というか、愛し合って子供を授かったかもしれないって言われたの。はじめは言い返したけど、私が怖くないのか向こうは平然に話していたわ。どんな風に抱かれたとか事細かくね」


「フロー様のことはもう軽蔑していますが、その女性も女性ですね。気持ち悪いですわ」


自分の子供でもおかしくない歳の女の子に、よくどんな行為だったか言えたもんだよ。

相手は、初体験さえ済ませていないと予想できる子供なのに。


私が相手なら、そのままアズラ様の前に連行するという撃退方法をとるけど。

アズラ様は、烈火の如く怒り、その女性を処分するだろうからね。

でも、それはアズラ様が絶対に浮気をしないと分かっているからできることか。


まぁ、シトリン様は、その時点ではフロー様を信じていたんだよね。

吐きそうなほど、きっつい話だよね。


怒りが抜け落ちたかのようにさっきまでの勢いがなくなったシトリン公爵令嬢は、悲しそうに俯き両手を組んだ。


「私ね、ずっとフローを好きになれたらいいなと思ってたの。フローは私を好きと勘違いしているから傷つけられることはないだろうし、私も好きになれたら幸せになれると思ってたのよ。でもね、やっと分かったわ」


寂しそうに微笑む姿に、シトリン公爵令嬢が消えてなくなりそうに見えて、ルチルはシトリン公爵令嬢の手を上から覆った。

温かいお茶を飲んでいるはずなのに、シトリン公爵令嬢の両手はとても冷たい。

自分の体温がどうにか移ればと思い、覆う手に力が入ってしまう。


「私、フローを好きだったのね。こんなことになって気づくなんて馬鹿だわ」


「そんなことありませんよ。今気づけてよかったんですよ」


「どうして?」


「だって、興味がないや嫌いだったら『もう2度と会わなくていい』で終わると思うんです。そして、2度と会えなくなってから気持ちに気づいたって遅いじゃないですか。好きという素敵な気持ちがしこりになってしまいます。

だから、今気づけたのはよかったことで、選択肢の幅が広がったんですよ」


「……選択肢なんてないわ。もう婚約破棄するだけよ」


「婚約破棄するとしても、フロー様を殴ったり蹴ったりしたいのか、文句を言うのか言わないのか、慰謝料はどれくらいもらうのか、色々あります。

それに、何日も土下座させもう2度としないと証文を作り、関係を続けることもできます。

他にも色々できますよ。顔を見たくないから国外追放したいなら、私が協力をしますしね」


小さく笑い出すシトリン公爵令嬢に、ルチルは優しく微笑みかける。


「もし、私が続けたいと言っても、フローはもう続けたいと思わないはずよ。私を好きだと思い込んでいただけだと気づいたはずだもの」


「んー、そこなんですよねぇ。フロー様は絶対にシトリン様を好きなんですよ。勘違いとかじゃなくて」


「だったら、どうしてあんな年増と浮気をするのよ?」


「まぁ、体と心は別物と言いますしね。媚薬を使われた可能性も無きにしも非ずですし」


「……媚薬を?」


「可能性の話ですよ。シトリン様は聞きたくないでしょうから、私が今日の夜フロー様を問い詰めてやりますよ。

ですから、シトリン様はフロー様がどうだじゃなく、シトリン様がどうしたいのかを考えてみてください。人間、何を選んでも後悔は付き纏うんですから、1番後悔しないと思う選択をしてください」


「ルチル様はアズラ様とのことで後悔したことあるの?」


悩むように斜め上を数秒見たルチルは、満面の笑みで答えた。


「ないですよ」


「あなたねぇ」


抗議するように声を強めるシトリン公爵令嬢の手を、しっかりと握りしめて持ち上げる。

そして、壊れ物にでも触るかのように優しく両手で包み込んだ。


「シトリン様がどんな選択をされても、私が味方ですからね」


真っ直ぐに見つめて告げると、シトリン公爵令嬢の潤んでいる瞳から涙が溢れていく。

掠れた声で「ありがとう」と言われ、ルチルは柔らかくシトリン公爵令嬢を抱きしめた。





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