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いやいや、まだ確定じゃない。
その女が嫉妬から嘘を言っているだけかもしれない。
「嘘の可能性は? フロー様には確かめられましたか?」
「したわ……でも、その女の名前を出したら……『どうしてシトリンが知ってるの?』ってっ……」
やだー! 黒確定じゃない。
あたし、フロー様は絶対に浮気なんてしないと思ってたのに。
ちょっと潔癖症に見えるし、好きな人絶対主義だと思ってたし、物腰柔らかいから和やかに過ごせる人だと思ってたのに。
ここは婚約破棄させて、やっぱりオニキス様と……。
いや、でも、オニキス様はオニキス様で新しい恋の予感がなぁ。
本人曰く「何でも恋愛に結びつけようとするのやめた方がいいよ」らしいけど。
でも、ほら、おばちゃんというか、他人の恋愛でキャーキャー言いたいおばあちゃんだから。
自分の恋愛より他人の恋愛にワクワクするものじゃない。
まぁ、アズラ様は結婚した今でも愛でる要素がたくさんありすぎて、自分の恋愛もワクワクというよりワックワクなんだけどね。
って、可愛いアズラ様を思い出してる場合じゃないのよ。
今はクソ……んんっ……最低なフロー様の話を聞かないと。
ルチルは柔らかく、そして優しくシトリン公爵令嬢に話しかける。
「フロー様は他には何かおっしゃいましたか?」
「なにか……言おうとしてた、けど……もう何も聞きたくないのっ……フローが……そういうことするなんて……」
「そうでしたか。では、シトリン様。フロー様を殴りましょうか」
「え?」
まだ大粒の涙を流したままだが、やっと顔が上がった。
いつから泣いていたのかと心配になるほど、目も頬も鼻も真っ赤になっている。
「ムカつくじゃないですか。こんなにも可愛らしいシトリン様がいるのに、他の女で何してやがんだってなりません? 私はものすっごく腹が立ちますわ。ボッコボコにして裸で磔の刑にして、惨めな気持ちにさせてあげたいですわ」
キョトンとしたシトリン公爵令嬢が、小さく吹き出して笑いだした。
同じように目を丸くしていたアンバー卿は、笑っているシトリン公爵令嬢に穏やかな笑みを向けている。
「ルチル様、過激ね」
「全然ですよ。本当は男性の象徴を引っこ抜いてやりたいんですよ。でも、それはさすがに過激だと分かりますから、口に出さなかったんです」
またわずかに固まったシトリン公爵令嬢は、1拍置いて再び笑いだした。
「なんだか、目の前が真っ暗だったのが嘘みたいだわ」
涙は止まっていないが少しだけ元気を取り戻したように見えて、ルチルとアンバー卿は顔を合わせて微笑み合った。
「シトリン様、喉乾いていませんか?」
「カラカラだわ」
「すぐに用意させますね」
ルチルの言葉にアンバー卿が立ち上がり、ドアに向かって歩いていく。
廊下に控えているアマリン子爵令嬢たちに伝えに行ってくれたのだが、ドアを開けた途端に動きが止まった。
何かあったのかと首を傾げていたら、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ、アンバー嬢! ここにシトリンが来ているって聞いたんですが!」
フロー公爵令息の声だ。
やっと解れたばかりのシトリン公爵令嬢の体に力が加わったことが、撫で続けている背中から手に取るように分かった。
「スミュロン公爵令息、不躾だと思いませんか?」
凛としているアンバー卿の声だが、怒りが滲み出ている。
彼女も、友達を泣かされて腹が立っている。
「わか、分かっています! で、でも!」
「ここは王太子妃殿下の応接室の前です。礼儀礼節を守ってください」
「ほら、言ったろ。用があるなら、先触れを出すなり約束してから来いって」
オニキス卿の声も聞こえるが、どこか固い気がする。
飄々としているが、本当は誰よりも友達想いで、特に女の子が泣くのを許せない性格をしているオニキス卿だ。
彼もシトリン公爵令嬢が泣いているところを見ていて、焦った様子で会いにきたフロー公爵令息にピンときたのだろう。
でも、理由を知らないから冷たくできないでいるという感じだ。
ルチルは、シトリン公爵令嬢の手を強く握ってから立ち上がった。
不安気に見上げてくるシトリン公爵令嬢に微笑み、颯爽と廊下に向かって歩いていく。
ってかさ、騒ぐのも醜聞になるんだから、そこに関しても何してんだって話だよね。
ナギュー公爵に厳しく躾けられているって聞いてたけど、これ実ってないんじゃないの?
んー、でも、きっと今門前払いでシトリン様に会えない状況なんだろうな。
だから、どうにか会おうと必死になっているだけなんだとしたら、出来心で浮気したとか?
ない、ないわー。
どうしてバレた時の想像ができないの。
隠すならきとんと隠して、墓まで持っていけって話よね。
ルチルが廊下に顔を見せた時、アズラ王太子殿下の執務室のドアが開いて、チャロが顔を覗かせている。
ルチルとアズラ王太子殿下の執務室は隣同士で、執務室を囲うように何個も応接室がある。
その1室の前の廊下で騒いでいるのだ。
奇妙に思い、顔を覗かせるのも納得する。
ルチルがチャロに向かって頷くと、チャロは頭を下げた後、アズラ王太子殿下の執務室内に戻っていった。
ルチルは、憔悴しているフロー公爵令息に向き直り、笑顔を深めた。
「スミュロン公爵令息。お話があります。今日の夜、こちらに来てください」
「あ、あの、王太子妃殿下……」
「それと、私が許可をするまでナギュー公爵令嬢には会わないように。分かりましたね?」
笑顔で怒るルチルは、威圧的で相当怖い。
「……はい。お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした。失礼いたします」
無意識に身震いしてしまった体から、ようやく取り付く島もないと理解したフロー公爵令息は、青い顔をして肩を落としながら帰って行ったのだった。
番外編始まりました。
本編終わっても読んでいただけるなんて、めちゃくちゃ嬉しいです。
ありがとうございます!
不定期更新になりますが、頑張って投稿していきたいと思っています。
明日も2話投稿します。
不穏な雰囲気ですが、最後はまるっとおさまります。
安心して読んでいただければと思います。
番外編の最終話まで、よろしくお願いいたします。




