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さすがに少し疲れてきたと思った時、アズラ王子殿下から休憩しようと提案されて、2人で休憩室にやってきた。
チャロがお茶を淹れてくれ、他の人が突然入ってこないように「ドアの前にいます」と部屋から出ていった。
ルチルの肩から力が抜け、ソファにもたれる。
「行儀が悪くてすみません」
「いいよ、いいよ。いつものルチルだ」
ひどい……
いつもは行儀が悪いって言われてるのと一緒……
いや、まぁ、うん。
一緒に領民体験してるんだから、これくらいじゃ何とも思わないよね。
それに、アズラ様も全然表情が違うよ。
微笑んでいたけど外面って感じで、写真かなと思うほど口の角度が変わらなかったもの。
「今日はいっぱい頑張ってくれてありがとう」
「初めてのパーティーでしたから、失敗できないと思っただけですよ」
「僕のためにでしょ?」
「失敗してアズラの側にいられなくなるのは嫌ですからね。私のためですよ」
まぁ、側にいられなくなるというよりも、アヴェートワ公爵家に迷惑をかけるのが嫌なだけだったんだけど。
陰口言われないようにしないと、どこで誰がお祖父様やお父様の足を引っ張るか分かったもんじゃない。
静かになったアズラ王子殿下が気になって、ソファの背もたれから体を起こした。
「アズラ? どうしました?」
覗き込むように見ると、真っ赤な顔のアズラ王子殿下と目が合った。
「ご、ごめん。そ、その名前で呼ばれると苦しくなって」
呼び捨てって、そんなにインパクトあったかな。
そんなにドキドキしたかなぁ?
遠い昔すぎて分かんないわ。
「アズラ様に戻しますか?」
「ダメ!」
「分かりました」
「笑わないでよ」
「笑ってませんよ」
「声出てるよ」
遠慮して笑い声を抑えていたはずなのに聞こえていたとは。
天使の拗ねた顔も可愛すぎて、本当に萌え死にそうだったわ。
ってか、急に挙動不審になったけど、どうしたんだろ?
「あの、あのさ、ルチル。キスしてほしいんだ。いい?」
はい? 聞き間違えたかな?
「えっと……カカオのスイーツについてですか?」
「そんな話してないよ。嫌かな?」
聞き間違いではないと。
おませさんすぎない? まだ7才だよね?
結婚が早い世界だから、7才で普通なのかな?
さっきの挨拶の時のアズラ様の対応は大人だったしなぁ。
子供の皮を被った大人か?
それ、あたしだわ。
「キスですよね……アズラは本当にいいんですか?」
きっとファーストキスだよね。
7才で失っていいの?
前世があるあたしは、孫とブチュブチュしてたから子供とのキスに抵抗はないけど。
ん? 孫の唇、奪ってたってことか。
「僕は、ルチルが嫌じゃないなら嬉しいよ。こんなお願い、本当は嫌われてもおかしくないんだろうけど。でも、お願いしたくて……今日1日ルチルが可愛すぎて……もう頭がおかしくなりそうで……」
初恋は重症化しやすいって言うけど、それは初恋を拗らせた場合で、アズラ様の初恋には年季が入ってないと思ってた。
だけど、頭がおかしくなるほど好いてくれているんですか……そうですか……
まぁ、小さい頃のキスなんてカウント外だろうし、いいか。
「いいですよ」
「いいの!?」
「はい。今日はアズラの誕生日ですから特別です」
「それは……今日だけってこと?」
「来年もありますよ」
「誕生日だけってこと?」
「そうですね」
来年以降もアズラ様がキスしたいって思ってたらね。
「僕がしたい時にするのはダメなのかな?」
「ダメですね」
まず、人前でキスなんてできないから。
お祖父様とお父様の耳に入ったら、アズラ様袋叩きにされちゃうよ。
悲しそうな顔を向けられて一瞬折れそうになったけど、今後の平穏のためにちゃんと首を横に振った。
「分かった。誕生日だけの特別。噛みしめるよ」
あたしの唇なんて、噛みしめるほど大層なものじゃないよ。
逆に天使の唇を奪う私の方が、噛みしめなきゃいけない立場なんだよ。
「では、こちらを向いて、目を閉じてもらってもいいですか?」
「え? 開けときたい」
「それは無理です。恥ずかしくてできません」
「……もったいない」
不満そうにしながらも目を閉じてくれた。
うわー! 目を閉じても可愛い顔。
いつまでも眺めていられるわ。
「ルチル、まだ?」
「すみません。いきますよ」
バランスを支えるために、アズラ王子殿下の腕を掴んだ。
アズラ王子殿下が揺れたような気がしたが、気にせず唇に唇をつけた。
あれ? キスしたと思ったけど唇の感触ない?
ゆっくりと目を開けると、真っ赤になってルチルが掴んでいない方の手で口を隠しているアズラ王子殿下と目が合った。
どうやらアズラ王子殿下が仰け反ったようだ。
「ちちちちちちち」
「ち?」
「ち、ちがう!」
「へ?」
「ほほほほほほほ!」
「ほ?」
「だから、頬! 頬にキスしてほしかったの!」
へ? は? 頬?
勘違いに気づいたルチルの顔も赤くなっていく。
「ごごごめんなさい! もう2度としません!」
「それは困る!」
「はい?」
「いや、その、ちゃんと座ろうか……」
「そうですね……」
姿勢を正して、どちらともなく紅茶を飲んだ。
「その、ちゃんと言わなくてごめん。頬にキスしてほしかったんだ。その、ルチルがアヴェートワ前公爵と、よく頬にキスし合っているのが羨ましくて」
ああ、そういうことだったのか。
「いえ、私こそ勘違いしてお恥ずかしいかぎりです。アズラの唇を奪ってしまってすみません」
「うば、うばう……」
アズラ王子殿下のわざとらしい咳払いが聞こえる。
「僕は嬉しかったからいいんだ。ルチルはよかったの?」
「嫌だったらしていません」
「そっか……そうだよね……うん、嬉しい」
立ち直ったアズラ王子殿下が、溢れんばかりの笑顔を向けてきた。
「来年からも唇でよろしくね」
「え? 頬じゃなくてですか?」
「うん、唇がいい」
「分かりました……」
「それで、もう1回とか?」
「ダメです。1回までです」
「ケチー」
一呼吸置いて、声を出して笑い合った。
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