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「王太子妃殿下。ナギュー公爵令嬢がお見えです。いかがいたしますか?」


「シトリン様が?」


「はい」と微笑みながら頷くのは、王太子妃として王宮に住むルチルの侍女を勝ち取ったアマリン・サヌールヴォ子爵令嬢だ。

執務中のルチルは、今日の予定を思い浮かべながら、アマリン子爵令嬢に問いかけた。


「シトリン様とのお約束はあったかしら?」


「いえ。本日は来客のご予定はありません」


だよねぇ。

それに、シトリン様とのお茶会は、確か来週だったはず。

先触れさえもなく急に来るって今までなかったのに、何かあったのかな?


「隣の応接室に案内をお願い。この書類を片付けたら行くと伝えて」


「かしこまりました」


ルチルとアズラ王太子殿下が、成婚して半年が経っている。

ルチルははじめ、アマリン子爵令嬢を含めたお茶会で会ったことのある侍女たちに対して、敬語が抜けなかった。

でも、宰相のナギュー公爵から「王太子妃なのだから、侍女や騎士に敬語を使ってはいけません」と散々注意され、1ヶ月かかったが敬語をなくすことができていた。


幸いなことに急ぎの書類は、今目を通しているもので終わる。

ルチルは、手早く済ませた後、腕を上に伸ばして体を解してから立ち上がった。


「シトリン嬢、どうしたんだろうね」


気安く話しかけてきたのは護衛騎士のオニキス・モンブランシュ伯爵令息。

彼だけは、今でも崩した口調で話してくれる。


部屋の中には常に護衛が1名いて、廊下にも1名いる形をとっている。

部屋の中の警護のほとんどがオニキス卿か、アンバー・ルクセンシモン公爵令嬢になる。

アンバー卿は、本日廊下にて警衛してくれている。


「うーん、婚約式で目新しいスイーツ出したいとか?」


「そんなことで来ないでしょ」


ルチルの親友ともいえるシトリン・ナギュー公爵令嬢とフロー・スミュロン公爵令息は、学生時代に簡素的な婚約をしているが、まだ盛大な式をあげていない。


といっても、神殿に書類は提出済みなので、婚約パーティーを今年の春に行う予定になっている。

去年してもよかったのだが、シトリン公爵令嬢が着用したいというドレスが見つからず、今年に繰越になったのだ。


ルチルは、オニキス卿と侍女たちをつれて部屋の外に出た。

廊下で待機しているアンバー卿の前を横切るのだが、顔が冴えないように思えた。

公爵令嬢なのだから表情を悟られない授業をこなしてきたはずなのにと、ルチルは心の中で首を傾げながら隣の部屋に入っていく。


え? ちょっと何があったの!?


部屋に足を踏み入れた途端、ルチルはシトリン公爵令嬢に駆け寄った。

滅多に人前で涙を流さないシトリン公爵令嬢が、大量に涙を流しているのだ。

必死にハンカチを押さえつけて拭っていて、すでにハンカチはもう水分を吸えないじゃないかと思うほど濡れている。


「アマリンたちは外で待機をしていて」


「かしこまりした」


「オニキス卿は、アンバー卿と代わるように」


「了解」


直ちに侍女たちは出ていき、オニキス卿と交代したアンバー卿が入ってくる。

ドアが閉まるなり、アンバー卿はルチルたちの側にやってきた。

そして、持っていたハンカチをシトリン公爵令嬢に差し出している。


「シトリン様、一体どうされました?」


ルチルの声に徐ろに視線を上げたシトリン公爵令嬢は、アンバー卿が差し出したハンカチに気付き、「ありがとう」と溢しながら受け取った。


「ルチル様……私、フローと婚約破棄するわ……」


「え? 何があったんですか?」


「それはっ……」


言葉を詰まらせるシトリン公爵令嬢の背中を撫でながら、ルチルはシトリン公爵令嬢の隣に座った。

アンバー卿も温もりを伝えるように、反対側に腰を下ろしている。


「私とアンバー様以外は部屋から出ています。何も気にせず吐き出してください」


ルチルが「オニキス卿」「アンバー卿」と呼ぶのも、ナギュー公爵に「仕えている者に様をつけてはいけません」と口五月蝿く言われたからだ。


ちなみに、ジャス・ルクセンシモン公爵令息やフロー・スミュロン公爵令息のことも、人前では「様」ではなく「公爵令息」呼びをしている。

あくまで人前ではなので、陰では幼少期や学園時代と同じで「様」に戻している。

戻しているというより、「様」の方がしっくりきて自然と戻ってしまうのだ。


「フローが……浮気したの……」


は?


目を瞬かせたルチルが、聞き間違いかと思ってアンバー卿を見やった。

だが、アンバー卿も同じように目を丸くしながらルチルを見ている。


「えっと、その場面を見たのですか?」


「見たというより、浮気相手の夫人が話しかけてきたの」


ふ、じん? え? あっち側からみたら不倫ってこと?

おおーい! 何やってんだー! ばかやろー!


今は話を聞かなければと、文句を言いたい気持ちを抑え込んだ。


「なんて言ってきたんでしょう?」


「フローは……その女の体に夢中らしいのよ……あんなに貪られたのは初めてだって……もしかしら……っ……」


「シトリン様?」


唇を噛むシトリン公爵令嬢の背中を強めに、でも優しく撫で続ける。


「もしかしたらっ……子供ができたかもって……」


こ、ども?

フロー様、本当に何をやらかしてんの。



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