45 〜 オニキスの涙 2 〜
俺も、今気づいた。
誓いの言葉を見届ける神官がいない。
婚約式の時のように両陛下と国民に誓う?
それだとしても、誰が進行役をするんだ?
その時、鳥が一斉に羽ばたき、空から光が降り注いだ。
黄金のカーテンのような光の中を、男性か女性か分からない白い長い髪の神官らしき人が空から降りてくる。
瞳は、金色だ。
俺も周りも全員、口を開けて呆けていたと思う。
神官の「アズラ・ラピス・トゥルールとルチル・アヴェートワの結婚式は、我が執り行おう」と話した声は、どこからともなく聞こえてきた。
「なお、結婚式の声や音は、王国全ての人間に聞こえるようにした」
は? 何を言ってるんだ?
ルチル嬢が神官に向かって、親指を立てている。
どうなっているんだろう? と思っていると、上から花びらが降ってきた。
視線を上げると、花びらが楽しそうに空を舞っている。
花びらは地面に落ちると、雪のように消えてなくなった。
理解が追いつかない中で着席をし、夢か現実か分からなくなった光景を見つめる。
神官の言葉に2人が誓い、そして婚約式同様に2人は両陛下と国民にも誓いを立てた。
そして、指輪の交換と誓いのキスをしている。
ちなみに、今回の指輪もお婆さんのお手製だ。
婚約の指輪と同じ魔法陣が書かれているらしい。
初めて内側を見せてもらったけど、本当に針の先のような点だった。
後は退場だけだなと思ったら、突然音楽が止んだ。
そして、登場した人物に息が止まった。
ああ、だから俺は、今日の護衛騎士を断られたのか。
涙で前が見えなくなるから護衛は勤まらない。
ルチル嬢に言われた通り、ハンカチを持っていてよかった。
壇上横にいたピアノの伴奏者の前に、セラフィが笑顔で立っている。
淡い黄緑色のシンプルなワンピースに、俺があげた刺繍花の花冠をしている。
聞こえてきた歌声に、体が震えた。
胸を突き破って溢れ出そうな気持ちが、涙となって瞳から落ちていく。
なんてサプライズ用意してんの。
誰の結婚式だと思ってんの。
否定的な言葉は減ったけど、賛否両論になるよ。
どうするつもりなの。
本当に何やってんだか。
規格外すぎて、殿下のこれからが心配になるよ。
どれだけ涙を流しても、喜びも苦しさも整理されない。
ぐちゃぐちゃに混ざり合っているのに、それなのに、ようやく息ができたような気がした。
ありがとう以外の感謝の言葉が欲しいよ。
それくらい感謝している。
ありがとう、ルチル嬢。ありがとう。
セラフィの笑顔が見られて、セラフィの歌が聞けて嬉しいよ。
俺は助けることができなかったけど、今のセラフィが不幸には見えなくて、幸せそうに見えて嬉しい。
セラフィが歌い終わると、空気が震えるほどの大喝采になった。
照れくさそうに笑いながらお辞儀をしたセラフィが退場する時、目が合った。
俺を知らないはずなのに、真っ直ぐに俺に微笑んできた。
セラフィの瞳には、もう大丈夫だという強い意思が見えた気がする。
セラフィは前に進んだのかと置いてけぼりの寂しさを少しだけ感じたが、それよりもセラフィの未来を祝う喜びが勝っていた。
そして、自分も半歩だけだとしても、前に進めたということに気づけた。
殿下がルチル嬢をお姫様抱っこして退場してからも涙は止まってくれなくて、そのままルクセンシモン公爵家の馬車に同乗させてもらった。
これから王宮で披露パーティーがあるからだ。
ルクセンシモン公爵夫妻が、あの神官は誰だったのかという話に花を咲かせている。
ジャスたちの結婚式もお願いしたいなどと盛り上がっている声を聞き流し、涙を拭う。
殿下たちが退場すると神官の姿はなく、数分後に舞っていた花びらも消えた。
俺は、あの神官はお婆さんじゃないかと思っている。
神様みたいな魔法が使えるのは、お婆さんしかいない。
もしかしたら、お婆さんが神様? なんて突拍子もないことを考えていたら、いつの間にか涙は止まってくれていた。
いいねやブックマーク登録、誤字報告、感想ありがとうございます。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。




