44 〜 オニキスの涙 1 〜
今日も暑いなと、太陽の光が降り注ぐ青い空を見上げた。
晴れてよかったと思いながら、礼服に腕を通す。
今日のルチル嬢の護衛は、今日からルチル嬢専属護衛騎士になるアンバー嬢と他2名が担当する。
「俺もするよ」と言ったけど、「ハンカチを持って見守っていてください」と微笑まれた。
俺も今日を待ち望んでいた1人だけど流石に泣かないよと思いながら、忘れずにハンカチを持った。
お祭り騒ぎの王都を眺めながら、広場を目指す。
驚くことに結婚式は神殿ではなく、王都の広場で行われることになっている。
神殿は渋ったが、あの事件があったから強く出てこなかったそうだ。
雨についての心配があったけど、ルチル嬢が自信満々で「絶対に晴れますから大丈夫です」と押し通していた。
本当、雨だったらどうしたんだろうと思う。
それに、神子にはなりたくないと言いながら「神様が晴れさせてくれるんです」って、これまた訳の分かんないことを言ってたな。
ミルクが頷いていたから、両陛下は広場での結婚式を許したんだと思う。
広場に着くと、俺が最後だったようで、シトリン嬢に「遅い」と怒られた。
横にいるフローが疲れているように見えて、かなり早くから来ていたんだなと分かった。
昨日は、ルチル嬢に会いにきて泣いていたもんな。
2人がここまで仲良くなるなんて、小さい頃を知っている人間からすると不思議で仕方ないよ。
人と人の縁は、本当に分からないもんだよね。
参列席に座り、始まりの時を待つ。
参列席から距離を空けた場所にロープが張られていて、ロープの外側には立見の平民がいる。
広場の入り口で並んでもらい、順番に案内をしている。
走ったり取り合いになったりして怪我をしないようにと、ルチル嬢が立てた対策だった。
「前代未聞の結婚式にするんです」と意気込んでいたけど、何をする気なんだ?
平民が見られるというだけでも前代未聞だけど、あのルチル嬢のことだ。
もっとすごいことをしでかしそうだ。
殿下に尋ねても「僕には教えてくれないから、オニキスに聞こうと思っていたのに」と返された。
俺に隠しながら準備することが、どれだけ大変か分かるから、敢えて調べたりはしなかった。
俺だって楽しみたいし。
遠くから歓声が風に乗って届いた。
少しずつ近づいている声が、殿下たちの乗った馬車の到着予定を教えてくれている。
立ち上がって、広場入り口に向き直った。
もう泣き声が聞こえると思ったら、アヴェートワ公爵とミソカだった。
アヴェートワ公爵は可哀想だと思う。
でも、ルチル嬢が決めたことだから仕方ない。
広場の入り口で、割れんばかりの喜びに満ちた声が響き渡った。
殿下が馬車から降りてきて、堂々と参列席の間に敷かれている赤い絨毯の上を歩いてくる。
真っ白な礼服だ。
所々に金の糸で刺繍が施されている。
ちょっと顔が強張っている気がするけど、あれはニヤけそうになるのを必死で耐えているんだと分かった。
待ちに待った結婚式だもんな。
「早く結婚したい」って、何十回聞いたことか。
殿下には、このままでいてほしいと思う。
仕事もプライベートも恋愛も完璧だと、人間味がなくなってしまうから。
ルチル嬢のことで頭のネジがおかしいくらいが、丁度いい気がする。
今までを思い出し、周りに気づかれないように小さく笑った。
俺が2人に出会った時から、2人は幸せそのものだったな。
その幸せがルチル嬢の掌の上だろうが何だろうが、笑みが溢れて胸が温かなるんだから本当の幸せでいいと思っている。
少し前の細工師の女性の時だって、そうだった。
殿下は、見事にルチル嬢の掌の上で踊っていた。
結果、喧嘩も注意もなく殿下は失態に気づいたし、邪魔な蝿は駆除できた。
まぁ、邪魔な蝿の中に、特定の近衛騎士も入ってたんじゃないかと思う。
だから、あの方法を取った気がする。
殿下の馬車が退いた数分後、ルチル嬢の乗った馬車が到着した。
先に降りてきたのは、アヴェートワ前公爵だ。
次に降りてくるルチル嬢をエスコートして、殿下の元まで届ける役目がある。
これについては、トゥルール王国始まって以来、初の試みだそうだ。
殿下とルチル嬢の同時入場が本来の流れだが、ルチル嬢が今まで歩んできた人生から新しい人生への旅立ちとして、アヴェートワ前公爵から殿下に自分を託してほしいとお願いしたんだよね。
アヴェートワ公爵を説得するのに1ヶ月かかっていたけど、最後には公爵夫人の力を借りて納得してもらっていた。
ルチル嬢は、ダイヤモンドが贅沢に施されている真っ白なドレスに、髪の毛には真珠を散りばめて、ティアラをつけている。
手には、青い百合の花束を持っている。
今まで見たどのルチル嬢よりも、今日のルチル嬢が1番綺麗だと思った。
泣きながら歩いているアヴェートワ前公爵を見て、ルチル嬢の瞳も潤んでいる。
そういえば、初めの頃、ルチル嬢が頼るのはアヴェートワ前公爵だった。
それが殿下になったのは、ノルアイユくらいからだったかな。
アヴェートワ前公爵が殿下に「幸せにしなければ許さない」と言いながら、ルチル嬢のエスコートを代わっている。
殿下が頷き、アヴェートワ前公爵が参列席に移動して、小さなざわめきがあちこちから聞こえてきた。




