42 〜 アズラの思考回路 1 〜
ルチル、今日はいつ来てくれるんだろう。
学園を卒業したらいつでも会えると思っていたのに、現実はルチルはアヴェートワ公爵家に帰ってしまっていて、毎日1時間会えたらいい方だ。
ルチルも忙しいし、アヴェートワ公爵家の面々を想うと、結婚までは僕が我慢しないといけないことは分かっている。
でも、寂しい。
本当に早く結婚したい。
「殿下、もうすぐお時間です」
ルチルの誕生日にサプライズプレゼントをしたくて、今髪留めとイヤリングと指輪を作っている。
今年はルチルの成人パーティーが開かれるため、そこでつけてほしくて、ドレスを作ったデザイナーにデザインをしてもらった。
もちろんドレスも僕からのプレゼントだ。
ルチルを、僕色に染め上げるんだ。
そのためには、嫌なことも我慢するしかない。
ドアがノックされて、ルチルと似たような色合いをした女性が入ってきた。
代わりにチャロが退出をする。
彼女は、ドレスのデザイナーの紹介で王宮に来るようになった細工師の女性だ。
女性が笑顔で近づいてきて、ソファに横並びに座った。
チャロが退室前に準備してくれた道具を、手に取る。
あー、嫌だ。
手元を見てもらうためとはいえ、ルチル以外の女性とこんなに近づくなんて。
しかも、覗き込んできた時に胸が当たる。
ルチルの胸はあんなに気持ちいいのに、この女性の胸には何も思わない。
注意したいけど、わざとじゃないだろうことを注意するのは気が引けるし、僕が気にしていると思われたくない。
何より、ルチルに不恰好なものをつけてもらうわけにはいかない。
後は、作成が何個目か分からない指輪だけだ。
細くて小さいから、ほんの少しの失敗でダメになる。
いつもこの時間は誰もやってこないのに、今日は珍しくノックされた。
そして、返事をする前にドアが開いて、ルチルが入ってきた。
「ルチル、どうしたの?」
1分1秒でも長く隣にいたくて急いで近づいたのに、ルチルは泣きながら俯いてしまった。
ハラハラと落ちる涙に胸が締めつけられる。
「どうしたの? 何かあった? 大丈夫?」
どうしよう、ルチルが泣いてる。
何があったのか分からないけど、ルチルを泣かせることは重罪だ。
ルチルに何かした奴がいたら、殺してやる。
「アズラ様、信じていましたのに……」
「え?」
「ひどいです……私に飽きてしまったんですか?」
泣きながら訴えかけられるが、さっぱり分からない。
ルチルに飽きることができるなら、方法を教えてほしいくらいだ。
そうすれば、毎日ここまで苦しむ必要はないのだから。
「僕が、ルチルに飽きることなんてないよ」
「でも……その方を側妃に迎えられるんですよね?」
側妃? 誰を?
そこにいる名前も覚えていない女性を?
「ないよ。僕が結婚したいのはルチルだけだよ。どうしてそんなこと思ったの?」
「みんな言ってますわ」
「みんな? 何を言っているの?」
ルチルの涙が止まらないから、僕まで悲しくて泣きそうになってきた。
右手をルチルに取られ、婚約指輪に触れられる。
「アズラ様が、そこの女性に指輪を贈られたと。そこの女性が自慢されているそうです」
は? そんなことするわけない。
「それに、騎士団にも文官たちにも挨拶をしているそうです。ここに来る前にジャス様とフロー様にお会いしまして、質問されました。女性が挨拶に来たが、殿下は本当に側妃を迎えるのかと」
見送る必要はないと思って、勝手に帰ってもらっていたけど、そんなことをしていたのか。
そのせいで、ルチルはこんなにも泣いているのか。
「ないよ。誓って、僕はルチル以外に指輪を贈っていない。僕の愛しい人だと周りに示したいのは、ルチルだけなんだから」
「本当ですか?」
「本当だよ」
「でも……」
「他にも何かあるの? 気になることは全部言って」
ルチルが、辛そうに悲しそうに手を握ってくる。
「わた、私は傲慢そうだから、殿下も優しそうな子がいいんだろうと。毎日のように殿下の執務室で勤しんでいるから、側妃の懐妊は早いだろうと。仲睦まじく抱き合っていたと。
私が、傲慢な態度をとってしまっていたのなら気をつけます。もう結婚まで待たなくて構いませんので、私以外を抱いたり抱きしめたりしないでください。お願いします」
「ない! 全部ないよ!」
小刻みに震えながら泣くルチルを抱き寄せた。
胸辺りの服にしがみつかれ、ルチルを壊さないように包み込む。
嬉しかったり感動ではよく泣くルチルだけど、傷ついて泣くことは人前ではしない。
強い女性でいようと頑張っているからだ。
将来王妃になることを考えて、歯を食いしばっている。
本当は守ってあげたくなる女性なのに。
ルチルの背中を撫でながら、鋭く刺すようにルチルを見ている女性を睨んだ。
女性が、側妃気取りで王宮を歩いたことは分かった。
指輪は、たぶん僕の失敗作をつけて見せたんだろう。
百合の花がモチーフだ。
王家以外が持てない花とくれば、真実味が増す。
誰も疑わないだろう。
最悪だ。
今までの努力は無駄になり、もうドレスさえもルチルに贈れない。
成人パーティーまで日がないのに、ドレスやアクセサリーがオーダーメイドの1点ものじゃないなんて。
他の噂については女性が流した可能性もあるが、絶対に確認があるはずだ。
僕やチャロに確認はなかった。
チャロなら、そんな噂は一刀両断にする。
とすれば、僕のスケジュールを把握しているのは近衛騎士たちになる。
前から下世話な騎士もいるが、ここまでとは思わなかった。
僕の領分ではないけど、近衛騎士は全員どうするか考えよう。
ルチルを、ここまで悲しませたんだ。
然るべき処遇がないといけない。
「オニキス。とりあえず、そこの女性を縛り上げて」
「殿下、私が……」
「チャロはいいよ。金属の破片でアレルギーが出るんだ。部屋には入らないで」
「……申し訳ございません」
「何を謝っているの? 手落ちしているのは騎士たちじゃない。謝るなら騎士たちでしょ」
近衛騎士たちを睨むと、青い顔をしている。
と言っても、今回のことは僕にも悪いところがあったと、反省している。
チャロを下がらせる時に「近衛騎士を部屋に入れましょう」と進言されたけど、女性に力で負けると思わなかったし、ルチルにバラされたら嫌だから部屋に入れなかった。
それが、こんなにも不愉快な誤解を生むとは思わなかったんだ。
ルチルが喜んでくれるかどうかばかり考えすぎていた。
それに、抱き合ったわけじゃなくて、2回貧血で倒れてきたから支えただけだ。
そのうちの1回は、僕が先にソファに座っていて、女性が座ろうとした時によろけたから顔が重なりそうになった。
避けたからぶつかることはなかったが、あれ以来、後から座るようにしている。




