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灰色だ……1番嫌なパターンだ。
女性の仕事は細工師で、主に髪留めを作っているそうだ。
あたしの誕生日が来週だから、プレゼントをオーダーしていると仮定しよう。
それで、会っていると。
でも、こんなに頻繁に会う必要はない。
それに女性が執務室を訪ねている時間、チャロは退室している。
完全に2人きりということになる。
「どうしよっかなぁ……」
「ルチル嬢、殿下が死んでしまうようなことやめてね」
「どういう意味ですか?」
「そこまでの資料があるから白状するけど、殿下はルチル嬢へのプレゼントを手作りしてるんだよ。だから、浮気はしてない。あの殿下がすると思う?」
「オニキス様、知ってますか?」
「なにを?」
「最近のアズラ様はキスしないんですよ」
「知らないよ、そんなの」
「この前私から迫ってみたんですけど、1回でやめたんですよ」
「だから?」
「キスしないのは、どこかでしているからじゃないですかね」
「いや、違うでしょ。歯止め効かなくなりそうでしないんじゃないの」
「でも、プレゼントを作るだけなら、チャロが部屋にいていいじゃないですか」
「それはそうだけど。殿下は浮気しないと思うよ。いくらルチル嬢に似ていても、雰囲気は全然違うじゃん。向こうは紛れもなく大人だしね」
「私だって化粧すれば……」
ん? お化粧?
あれ? なんか引っかかるなぁ。
ああ! 1度シトリン様に「アズラ様に愛想つかされるわよ」的なことを言われたことがあった!
え? お化粧って、そんなに大切?
身だしなみはちゃんとしてるのに?
まぁ、お化粧云々じゃなくて、大人に憧れる、お化粧している人は大人っぽいみたいなさ。
大人の女性に憧れる年頃なのかな?
アズラ様が?
ないない。
仲直りのイチャイチャを堪能するためにわざと痴話喧嘩しようと、悪ノリで王妃殿下に手伝ってもらったけど、本当に怪しんだ訳じゃない。
うーん……でもお化粧とか大人とか関係なく、グレーってのが問題なんだよね。
それに、抱き合っている写真もあるんだよ。
アズラ様から抱きしめることはないと思うから、転けそうなところを抱き止めたとか?
理由は何でもいいけど、問題はそこじゃないんだよねぇ。
あたしが探りはじめて、わんさか出てきたくらいだ。
噂好きの使用人たちは、ここぞとばかりに噂をするに決まっている。
どうしようかと考えていた、その日の夕食前。
ルチルの部屋に来たアズラ王太子殿下を見て、ルチルは笑顔を凍り付かせてしまいそうだった。
アズラ王太子殿下にエスコートされた時に気づいたのだ。
襟の端に口紅が付いていることに。
ただくっきりと付いているわけじゃない。
でも、口紅なのは確かだ。
身長差を考えると、ソファで抱き合ったか、寝転んでいる状態で抱き合ったかになる。
間違いなく、そういうことをしたということだ。
抱き合っていた写真と同じように転けたと仮定しても、そんな所につくはずないのだ。
んー、これ、どうしたものか……
いつもと変わりがないように夕食を食べ、転移陣までエスコートしてもらった。
翌日、怒った顔のシトリン公爵令嬢が、アヴェートワ公爵家に訪ねてきた。
卒業してから定期的に会ってはいるが、約束もなく訪ねてきたのは初めてだった。
今までどんな時でも側にいたオニキス伯爵令息は、お茶会などの集まりの時は部屋の外や一定の距離を開けて待機するようになっている。
「私、怒っているの」
そうでしょうね。
可愛らしい顔が、来た時から吊り上がってますもんね。
「フロー様と喧嘩でもされましたか?」
「違うわよ! アズラ様のことよ!」
「どうされました?」
「どうもこうも、ルチル様はムカつかないの? それとも知らないの? アズラ様が浮気しているのよ。側妃を迎えるまで言われているのよ」
そのことか。社交界に噂が回ってしまったのね。
早いなぁ。
「浮気もありませんし、側妃も迎えませんよ」
「本当にそう思っているの?」
「思っていますよ」
だって、ルチルバカのアズラ様だよ。
あたし以外は嫌だと泣くアズラ様だよ。
旧ルドドルー領の時なんて吐いてたくらいなのに。
本当に疑ったら、きっと泣いちゃうよ。
「その人、ハンカチや指輪を自慢しているのよ。虚言だとでも言うの?」
お、おお、そうなのか。
ハンカチは何かの拍子に渡したとしても、指輪はないでしょ。
「どうでしょうね。でも、どう考えても、アズラ様が浮気や他に本命ってのは考えられないんですよね。だから虚言でしょうね」
「あなたのその自信、どこからくるの?」
「愛されていますからね」
呆れたように息を吐かれるが、気にしない。
本当に、どうにかしないとな。
あたしへのプレゼントを作り終えたら、噂も自然と消えると思うんだけど、今度は酷く捨てられたと噂されたらアズラ様が可哀想だしね。
痴話喧嘩している場合じゃなくなっちゃったな。
シトリン公爵令嬢は他にもアズラ王太子殿下の浮気について、どういうことが噂されているのか教えてくれた。
それは居ても立っても居られず訪ねてくるわねと、思う内容だった。
「そういえば、ルチル様も噂されはじめたわよ。」
「私もですか?」
「そうよ。ケープとね」
「ケープとですか?」
「何回か一緒に買い物に出かけたんでしょ」
出かけたけど、ミルクのお守りで一緒に来てくれただけなのに。
ケープは綺麗だからなぁ。
奥様方の目を引いたのかな。
「見目麗しいですからね」
「ペットとして飼っているって言われてるわよ」
ひどい……アズラ様の噂との差がありすぎる……
「皆様、暇人ですね」
「他に楽しいことがないのよ。そうそう、ホーエンブラド侯爵家が邪険にされはじめたわよ。みんな行き着いたみたい」
ふむふむ、いい傾向だわ。
シトリン公爵令嬢にセラフィのことは話してないが、本の感想を教えてもらう時に全部知っているような口調だったのだ。
大方、ぽんぽこ狸が話したんだろう。
ルチルは知っているんだろうなという感覚で話はするが、知っているかどうかの確認はしたことはない。
ルチルから話す内容ではないからだ。
話題を広げることもできず、肯定も否定もできない話題は、いつも相槌だけで終わらせている。
そんなルチルに、シトリン公爵令嬢とカイヤナ侯爵令嬢はお茶をする度に噂や話題になっていることを教えてくれている。
本当に心強い味方だ。
明日はアズラ視点です。
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