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校舎向こうから、騒々しい雰囲気が漂ってきた。
先生たちが生徒を逃しているのだろう。
「ルチル様、どうして魔物が分かったんですか? ふふ……そうか、だからルドドルー領では負けたんですね。まだ私が知らないことが多いんでしょうね。途中から会議に参加させてもらえなくて歯痒かったんですよ。これから1つずつ知っていけると思うと、喜びで昂揚が止まりません」
そうよね。
あなたは、洗礼後の会議1回しか参加できなかったものね。
それ以外は部屋の外で待機してたわね。
その時に、王宮の騎士と仲良くなったのかな?
それとも、あたしについて王宮に行っていた時かな。
あなたが王宮の時の担当だったものね。
脅せば言うことを聞きそうな騎士を選んでいたんでしょ?
部屋の場所も脅して聞き出していたんでしょ?
ねぇ、どれだけその人の大切な人を利用してきたの?
家族を人質に取られた人は、どんな思いで裏切らないといけなかったか分かっているの?
キルシュブリューテ領に来たのも、あたしの行動を探るためと、別邸の出入りができるようにだよね。
3回目の誘拐は、あなたが別邸の中に神官たちを誘導したんでしょ。
3人いた護衛騎士の中で、そんなことができるのは1人しかいないのよ。
リバーじゃないとしたら? と、考え直してからのあなたの行動が、あたしの考えが間違いじゃないと教えてくれたわ。
「ねぇ、降参する気はないの? 私は、あなたが狂っているって分かった今でも、あなたと戦うのは嫌よ。だから、今罪を認めて大人しく捕まってほしいのよ。デュモル」
ルチルの言っている意味が分からないというように、呆けた顔をされた。
デュモルが口を開けかけた時、デュモルの首元に剣先が当てられた。
アズラ王太子殿下だ。
さっき現れた魔物は倒したようで、ジャス公爵令息とミソカの無事な姿も目視できた。
デュモルが理性がなくなったように、大声で笑い出した。
大きく笑っているため、剣先が喉に掠って血が出ている。
それでも笑っているのだ。
「デュモル!!!」
祖父と父が到着し、祖父の大声にデュモルは笑うことをやめた。
興醒めしたような生気のない瞳に、背中が粟立つ。
「どうして、誰も私の言っていることが理解できないんでしょうか。ルチル様がどれだけ至高な存在なのか」
「手から剣を離せ!」
「ああ、実際に見れば分かりますよね」
デュモルの手のひらが光った。
アズラ王太子殿下がデュモルを足払いし、倒れたデュモルの腕を踏みつけるが光は消えない。
え? なに?
腕にどろっとしたものが落ちてきた。
反射的に体をビクつくかせるよりも先に、激痛が走った。
「ぃったーーーーーい!!!!」
「「ルチル!!」」
紫色の液体は、手の甲までつたって地面に落ちた。
痛い痛い痛い!
ひっ! なにこれ!? 焼け爛れてるー!
無理無理無理!
何の劇薬かけられたのー!?
「これは……」
近くでいたオニキス伯爵令息、リバー、マルニーチ先生の顔が驚嘆に染まっている。
ハッと体を揺らしたオニキス伯爵令息が大声を出した。
「ルチル嬢! すぐに治して! 後、毒も!!」
「ですが……」
「いいから! 早く!!」
鬼気迫るように怒鳴られ、痛さに涙しながら傷を治すと、安堵の息を吐き出すオニキス伯爵令息とは逆にリバーとマルニーチ先生が息を飲み込んだ。
毒もと言われたので、咄嗟に指輪を使って全て治してしまった。
となると、公表している金色の魔法の治し方じゃない。
瞬きものの間で怪我をして、そして時間が巻き戻るように元の白い肌に戻ったのだ。
何が起こったのか、理解も感情も追いついていないだろう。
リバーとマルニーチ先生の時間を動かしたのは、デュモルの高笑いだった。
「素晴らしいでしょう! ルチル様は、魔の者に免疫がない体なんですよ! そこまで神聖なからっごっあ!」
アズラ王太子殿下が、話しているデュモルの顔を踏みつけた。
デュモルはアズラ王太子殿下を睨み、不敵に笑った。
なっ! まさかさっきの魔物の血なの!?
そういえば、ルドドルー辺境伯夫人を触った時も焼け爛れた……
あれって、そういうことだったの?
「デュモル。お前はなんてことをっ」
さっき到着した父はデュモルの側に、祖父はルチルの側に移動してきた。
泣きそうな顔をしている祖父に肩を抱かれながら、デュモルから視線を逸らさない。
父がデュモルの体を横に向け、腕を後ろ手に結んだ。
しっかりと捕まえている様子を確認したアズラ王太子殿下が、ルチルの元に駆け寄ろうとした。
待って! 待って! 待って!!
「アズラ様!! みんな、逃げて!!!!」
歪みが酷く、綺麗に見える景色がない世界に、ルチルは腹の底から叫んだ。
「デュモル! やめて! おねがい! やめて!! あなたが死んじゃう!!」
お願いだから! やめて!!
喉が切れたのか、血の味がする。
それでも、叫ばずにはいられない。
「デュモル! ねぇってば! あたしの言うことを聞いてよ! やめてってば!」
「ルチル様……あなたに出会えて……あなたの側にいて……幸せでした……あなたは……女神、なのに……どぅして、ラピス……トゥルールなんかに……どぅ、し、て……ダメな、ら、……こ、んなせ……かぃ、なく……て、いぃ……」
デュモルの最後の言葉は、ミイラになっていくデュモルを看取った父から、翌日教えてもらった。
裏切り者はデュモルでした。
明日で、裏切り者編は終わります。
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