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アヴェートワ公爵家のタウンハウスに移動し、シトリン公爵令嬢たちを出迎えた。
ミソカがハウ男爵令息を誘っていたようで、ラブラド男爵令嬢と一緒にやってきた。
初めてのバーベキューに、山積みにされている肉に、ハウ男爵令息は視線を忙しなく動かしている。
エンジェ辺境伯令嬢たちも外で肉を焼くことだと知って、瞳をきらめかせている。
「料理人が次から次へと焼いてくれますので、食べたいものを食べてくださいね。私はタンから焼いてもらいます」
「焼いて食べるんですか?」
驚くエンジェ辺境伯令嬢に、ジャス公爵令息が頷き、タンを焼いてくれるように指示をしている。
きっとエンジェ辺境伯令嬢分だろう。
そうなんだよね。
タンは、なぜかシチューでしかなかった。
海外で食べられるポピュラーな食べ方が、シチューだからだろうな。
ネギ塩タンとか、分厚くて塩振っただけのタンとか美味しいのに。
「僕、マルチョウにしよう」
堕天使様がマルチョウ……唇がテカテカになって、ある意味いいと思います。
「立ちながら食べるんですか?」
ゴシェ伯爵令嬢の質問は最もだと思う。
でもその場で、はふはふしながら食べたいじゃないか。
「食べたいものがある場所へ移動しながらになりますから」
机で指示して持ってきてもらえばいいだけなんだけどね。
網で炭火焼きの臨場感を味わってこそのバーベキューだから。
野菜のゾーン、ホルモンのゾーン、お肉のゾーン、魚介類のゾーンと焼いてもらう場所は違っている。
慣れているメンバーは、思い思いの場所に移動している。
「誰も怒らないから、あなたも自由に食べればいいのよ」
大きな口を開けて頬張っているシトリン公爵令嬢は、ゴシェ伯爵令嬢のお皿にお肉を置いてもらっている。
ルチルも口いっぱいにタンの旨味を感じて、目を閉じる。
美味しいー! 幸せがここにある。
次は、ロースにしよう。
男の子が6人いるだけあって、減っていく速度は早い。
ルチルがちょっと休憩と、ホタテやエビを食べている間にお肉は無くなっていた。
昼食後に、梅酒を作るため別の庭に移動をした。
ミソカとハウ男爵令息は梅ジュースを作るので、もちろん一緒だ。
大きなテーブルには、数種類の梅とお酒と甘味料が置いてある。
「皆様、好きな組み合わせで作りましょう」
「好きなって言われても、お酒のことは分からないわ」
「直感でよろしいんですよ」
「ルチルは、どれで作るの? 僕はルチルと違うやつを作るよ。その方が飲み比べした時、楽しそうだからね」
「嬉しいです。アズラ様、大好きです」
「僕も大好きだよ」
「ふふ、私の方が大好きですけどね」
「そんなこと言うの? 絶対僕の方が大好きなのに」
「いい加減、作り方教えてほしんですけどー」
オニキス伯爵令息のかけ声に、頷いている人たちと気まずそうにしている人たち。
ルチルとアズラ王太子殿下がイチャイチャしていた間に、どうやらみんな使う材料は決めたようだ。
わざととぼけたように微笑むと、オニキス伯爵令息に白い目で見られる。
いつもと変わらない一コマに、ルチルとアズラ王太子殿下は小さく笑い合った。
ルチルは小さめの梅と蜂蜜と日本酒を選び、アズラ王太子殿下は大きめの梅とグラニュー糖とブランデーを選んだ。
梅は事前に洗って、水分を拭き取り、しばらく乾燥をしてもらっている。
ヘタを取る作業をしながら、その事を伝えた。
もし自分たちで作るとなった時に、梅の下処理を忘れられると困るからだ。
ヘタ取り作業は何気ない話をしながらしたので、途中で飽きることはなかった。
ヘタを取り終わった梅と甘味料を交互に入れ、最後にお酒を入れる。
梅ジュースは、梅と甘味料のみ。
「完成です」
「これだけなの?」
「はい。後は冷暗所で保管しながら、砂糖が溶けるまで週に数回混ぜます。砂糖が完全に溶けたら、飲み頃になるまで待つだけです」
「簡単に作れるんですね」
「ミソカとハウ君は、毎日数回混ぜるようにね」
「分かりました」
買うのは楽だし便利だけど、作るのはやっぱり楽しいし、思い出になるな。
来年の年末に、このメンバーでお酒を飲めたら本当に楽しそう。
みんなは酔っ払ったらどうなるんだろうと想像してニヤついてしまったら、シトリン公爵令嬢に「気持ち悪いわよ」と言われてしまった。
「シトリン様は、酔っ払ったら甘えん坊になると思います」
「急に何を言い出すのよ」
「酔っ払ったらどうなるんだろうって考えるのは楽しいじゃないですか」
「そうかしら?」
「フロー様は、シトリン様好き! が爆発しそうですよね」
世間一般では、それを獣と言う。
そんな単語使ったら怒られそうだから使わないけどね。
「ば、くはつ……」
あらあら。シトリン様は何を想像されたんでしょう。
真っ赤になりすぎですよ。
「僕は、どうなると思う?」
「アズラ様には、ひっつき虫になってほしいですね」
「ひっつき虫って?」
ルチルが、アズラ王太子殿下の腕に抱きついた。
「こうやって、ずーっとひっついたままでいることです」
「僕は、ルチルにそうなってほしいな」
「私は酔っ払ってなくてもひっつき虫ですよ」
「そうかな?」
「もっとひっついていていいってことですか?」
「うん、ずっとひっついていて」
「分かりました」
抱きついた状態で手を握り、見つめ合っていると、堪忍袋の緒が切れて不機嫌になったミソカが邸の中に消えていった。
ルチルは苦笑いをしてミソカの後を追い、ミソカの前では過度な接触をしないと約束させられたのだった。
明日から裏切り者のお話です。
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