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「セラフィ様、まずは歌ってみませんか?」
「歌う?」
「はい。私は、魔法が全てではないと思っています。勉強ができる、体が丈夫、手先が器用などと同じで、得意か不得意かだと思っています」
実際に、私はミルクに魔法が下手だって言われているしね。
「そして、歌うことも才能の一種です」
セラフィ様が意思疎通できないなら、歌は諦めようと思った。
でも、彼女は自分の意志がちゃんとある。
優しい心を持っている。
意図してなかったけど、今アズラ様のおかげで歌に注目が集まっている。
そして、あたしはヒット曲を全て覚えている。
ふふ……流行らないわけがない。
自分を肯定する歌でもいいと思う。
誰もが自分を肯定したいし、してほしいはずだもの。
それに、セラフィ様の状況だとピッタリだしね。
でもね、小説と一緒に流行らせる予定だから、歌う曲は決まるよね。
切ない片思いの歌。
塔に閉じ込められている歌姫に、塔に閉じ込められている物語。
その両方が、黒目黒髪の女性。
針の穴が大きくなった。
絶対に成功させてみせる。
「私が歌ってみますので、その歌をセラフィ様に歌ってほしいのです」
「え、あの、はい、分かりました」
ルチルが、目を閉じて歌い出す。
音痴ではないと思うが、確実に上手ではない。
聞かれていると思うと恥ずかしいので、目を閉じて1人だと思い込んでいるのだ。
ルチルが歌い終わると、カーネが拍手をしてくれた。
「カーネ、ありがとう」と心の中で呟きながら目を開けると、セラフィが胸の前で手を組んで尊敬の眼差しを向けてきていた。
「素晴らしいです。今、外ではそのような歌が流行っているんですか?」
「いえ、これは私が考えた歌なんです」
作詞作曲された方、本当にごめんなさい。
こっちでも流行らせるので許してください。
「お菓子だけではなく、音楽も天才なのですね」
「ありがとうございます。でも、私の歌唱力では上手く表現することができなくて。それで、セラフィ様に歌ってほしいんです」
「素晴らしい歌ですので、歌っていいのでしたら歌わせていただきます。上手く歌えるかどうか分かりませんし、ここでしか披露できなくて申し訳ないですが」
「かまいません。録音させていただきますから」
「録音?」
カーネを見ると、カーネは録音機を鞄から取り出した。
カーネには今日のことを手紙で伝えていたので、チョコチップクッキーと共に持ってきてもらったのだ。
ルチルはもう1度歌い、カーネが録音している。
歌い終わると、再生をした。
5cmほどの正方形の板から、ルチルの歌声が流れはじめる。
「すごっ! なにこれ? こんなものあるの?」
ああ、これがきっとセラフィ様の素だわ。
素を垣間見られたことが嬉しくて笑うと、セラフィは赤い顔で恥ずかしそうに身を縮めた。
「これと魔石をお渡ししておきますので、練習をしておいてほしいんです」
「何度も歌ってしまいそうですので、それが練習になると思います」
気に入ってもらえたようでよかった。
「あの、それで、今歌ってみてもいいですか?」
「もちろんです。この歌はもうセラフィ様のものですから」
「私のもの……」
「はい。私からのプレゼントです」
販売するとか言わないよ。
言ったら絶対歌ってくれなさそうだもの。
力を証明するって、一応伝えているからね。
誰に証明するかなんて、聞かれてないから答えないよ。
ズルくてもいいんだ。
嬉しそうに微笑んでる姿に、胸が温かくなる。
オニキス様に見せてあげたい。
セラフィが目を閉じて、しっかりとした声で歌い出した。
澄んだ綺麗な声が紡ぐ歌は、心地よく体に入ってきて、心に響いてくる。
いやだわー、泣きそう。
微かに聞こえた声だけじゃ分からなかったけど、天才じゃない。
本物の歌姫だわ。
歌が終わると、ルチルとカーネは拍手をした。
熱量を感じる拍手に、セラフィは照れくさそうに俯いた。
「セラフィ様、とてもとてもとっても素敵です! 惚れてしまいました!」
「ありがとうございます。誰かの前で歌うのは小さい頃ぶりなので緊張しました。でも、歌えて幸せでした」
本当に歌うことが好きなんだな。
いっぱい色んな曲を歌ってもらおう。
ドアがノックされ、守衛が面会時間の終わりを告げてくる。
「もうそんな時間なんですね。楽しくて、あっという間でした」
「私も楽しかったです。来てくださってありがとうございました」
「再来週にまた来たいと思っているんですが、よろしいでしょうか?」
「いつでも来てください。お話ができて嬉しいですから」
「では、来たい時に来ますね。何か食べたいものってありますか? 何でも用意できますよ」
胸をこれでもかと張るルチルに、セラフィはおかしそうに笑っている。
「チョコレート系のお菓子なら、何でも嬉しいです」
「分かりました。楽しみにしていてください」
ドアまで見送りに来てくれたセラフィを、ルチルは慈しむように抱きしめた。
「セラフィ様。私、あなたのことが大好きになりました。友達になれて幸せです」
「っ……ありがっとう、ござぃます」
涙声のセラフィの背中を撫で、離れた。
塔から出ると、オニキス伯爵令息が優しく微笑んでくる。
「なに泣いてんの?」
「セラフィ様と友達になれたことが嬉しいんです」
「そう。セラフィは元気だった?」
「はい。元気にされていました」
「よかった」
どうして、誰かのことを考えられる優しい人が傷つかないといけないのだろう。
どうして、優しい人たちから苦労していくのだろう。
でも、最後には優しい人たちが多幸になれると信じたい。
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