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土曜日の昼食後に、貴族用の終身刑の塔に向かう。

今回は門番の人にもお菓子を渡し、顔馴染みになれるように心がけた。


「こんなにも日にちを空けずに行くって言うから、ビックリしたよ」


「モテ男の心を掴んで離さない人に興味があるんですよ。アズラ様にもっと愛されるヒントを得られるかもしれないでしょう」


はい、ごめんなさい。

だから、白い目で見ないで。


「俺は、ここで待ってるね」


塔の入り口で別れ、ルチル1人で管理人に挨拶をする。

面会者の記録用ノートに日付と名前を記入して、塔の守衛と最上階を目指した。


エレベーター欲しい!


途中で2回ほど休憩を挟み、やっと最上階に着いた。

セラフィが最上階な理由は、せめて眺めがいい部屋をという配慮があったからだそうだ。


守衛の人はドア前で待機するそうで、ルチルとカーネだけで部屋の中に入った。


学生寮の部屋と似たような間取りの窓際に、黒髪の女性はいた。

窓から何かを見ているようだ。

女性の足元には、うさぎに似ている真っ白な犬がいる。


こちらに振り向いた女性の潤んだ黒い瞳と視線がぶつかった。

女性の顔にはうっすらそばかすがあり、守ってあげたくなるような線の細い体型をしている。


この人が、昔やんちゃだったの? 見えない。

家元のお嬢様って雰囲気がする。


「だれ?」


「私、ルチル・アヴェートワと申します。セラフィ様、あなたを勧誘しにきました」


「勧誘? 私を?」


子供のように無邪気になったのかと思っていたけど、しっかりとした大人って感じの話し方だな。


「お菓子とお茶を持ってきたんです。食べながらお話しましょう」


裏なんてないですよーと、ニッコリと小首を傾げながら微笑む。

ルチルが席に着くと、反対側の椅子にセラフィも座った。


お茶を淹れる道具はないだろうと一式持ってきていて、カーネがお茶を準備してくれている。


何かを考えているだろう思案顔のセラフィを見てから、部屋を見渡した。


ドアが2個あるってことは、お手洗いと浴室かな?

お風呂は入れているんだろうな。

臭わないし、何日も入れてなさそうに見えないし。


カーネがお茶を淹れてくれ、お皿に乗せたチョコチップクッキーを机の真ん中に置いた。


「オニキス様におうかがいしたんです。セラフィ様はチョコチップクッキーが好きだと」


わざとオニキス様の名前を出したけど、オニキス様の名前では暴れないと。

それとも、分からないだけなのかな?


ルチルがお茶を飲んだりクッキーを食べたりしても、セラフィは動かない。

ずっと何かを考えている。


「セラフィ様、歌うことは好きですよね?」


「ルチル様と呼んでもよろしいですか?」


顔を上げたセラフィに、真っ直ぐ見つめられた。


ん? んん?


「はい」


「お願いがあります」


「なんでしょう?」


「オニキスを、私から解放してあげてください」


待って! 今一瞬で想像したことが正解なら、こんなに悲しいことはない。

相手を思う気持ちが、優しさが、痛みを伴っているってことになる。


「辛いですか?」


「はい……私なんかの人生に巻き込んでしまって、謝っても謝りきれないほどです。私が弱かったせいで、オニキスを頼ってしまったせいで、オニキスの人生を壊してしまいました。もうこれ以上嫌なんです」


「私の前でも、すっとぼけることはできたはずです。どうしてされなかったんですか?」


「ルチル様の話は、アズラ殿下の話と同じくらいオニキスから聞いていましたから。彼が信用する人物です。私だって信用します」


泣いているような顔で笑っている姿に、ルチルが涙を溢しそうなる。

さっき想像したことは正解だと、答え合わせをしなくても分かった。


セラフィ様は、オニキス様に自分を忘れてほしいのね。

だから、わざとオニキス様をオニキス様のお兄様の名前で呼んだり、自分のことも分からないふりをしたのね。


ずっと側に居続けてくれるオニキス様は、セラフィ様から見れば、可哀想なセラフィ様に囚われているように思えたのかもしれない。


大丈夫だと言える環境でもない。

ならば、相手を傷つけて遠ざけるしかないと考えたんだろう。


辛い……辛いよ……


オニキス様はセラフィ様の笑顔が見たいだけだと伝えても、今は逆効果だ。


となれば、あたしが考えていた方法を成功させて、セラフィ様に塔に住んでいても幸せだと思ってもらえるようになって、笑顔でオニキス様に会ってもらおう。


じゃないと、誰も報われない。


その先でオニキス様が、セラフィ様を望むのかは分からない。

セラフィ様が、オニキス様を望むのかも分からない。

でも、一旦気持ちの区切りにはなる。


スタートもゴールもない状況だから、休憩地点さえ見当たらない。

ずっと息切れしている状態では、苦しい以外感じられない。

1つのことしか考えられないし、その1つのことだって決めつけた答えになるんだろう。


「私にオニキス様の気持ちは分かりません。でも、今の言葉をオニキス様に伝えたら、彼が傷つくことは分かります。私は彼を傷つけたくありません。すみません」


唇を引き結び、俯くセラフィは少し震えている。


「私はオニキス様に関係なく、ここに来ました。セラフィ様の力を証明するためです」


「力? 私は、貴族なのに魔法も使えないゴミですよ?」


なにそれ? そう言われて育ったの?


「ふざけたことを言う馬鹿な輩がいるんですね」


「え?」


言葉遣いが悪くて、ごめんなさい。

でも、そんな奴らを敬う言葉なんて持ち合わせてないのよ。


セラフィが、控えめに笑い出した。


「オニキスと仲がいい理由が分かった気がします」


「はい、オニキス様は大切な友人です」


幸せそうに微笑むセラフィに、セラフィもオニキス伯爵令息を大切にしていると伝わってくる。

だからこその嘘だったと、再認識した。


あたしが来た時に、セラフィ様は窓際で下を見ていた。

ここからどれくらいの大きさで人が見えるのか分からないけど、オニキス様を見ていたんだろう。


自分は元気だから心配しないでという想いを乗せて、オニキス様に届くように歌っているんだろう。






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