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放課後になり、アズラ王太子殿下に断りを入れて、ルチルの部屋でラブラド男爵令嬢と念願の2人きりになれた。
いつもオニキス伯爵令息がいて内緒の話はできないし、シトリン公爵令嬢にもバレないようにしなくてはいけない。
となると、ルチルが1人になる時間が本当になかったのだ。
「ラブラド様に秘密のお願いがあるんです」
「何でも仰ってください」
「実は書いてほしい物語があるんです」
「ハックとスペッサル」は、昨日の夜に最後の原稿をもらっている。
「短期間に続けてお願いをして申し訳ございません」
「書くのは楽しいので問題ありませんが、内緒なのですか?」
「はい、絶対の絶対に内緒でお願いします。小説の内容ですが……」
ルチルは、静かに話し出した。
主人公は黒目黒髪の少女で、塔の最上階に閉じ込められたまま育てられる。
たまたま通りかかった青年が話し相手になり、塔の窓から長い髪を垂らして、その髪を使って青年がプレゼントを渡したり、手紙の交換をしたりする。
お互いが想いを寄せ合った時に、変態の貴族に少女が売られ、助け出そうとした青年が命を落とす。
悲しみにくれた少女も自殺をする。
またもや悲恋だ。
どの物語にも合う話がなかったから、色んな物語を組み合わせてみた。
悲恋にしたのは、読者の同情を集めたいから。
それに、ラブラド男爵令嬢には分からないだろうが、何をなぞっているかは分かる人には分かる話だ。
ルチルが話す物語に瞳を輝かせたラブラド男爵令嬢に、黒目黒髪の人たちは蔑まされながら生きているという説明もした。
ラブラド男爵令嬢が、悲しそうに瞳を伏せる。
「そういう人たちがいるなんて知りませんでした」
「発売すれば色んな噂が飛び交うと思います。批判の声も寄せられるかもしれません。ラブラド様の身の安全は絶対に保証します。ですので、お願いします。書いていただけないでしょうか」
アズラ様の力でできたことが終身刑だとしたら、私にできることは何もない。
人を殺してしまっているんだから、状況を変えることはできないだろう。
でも、人の目や心情を変えることはできるかもしれない。
世の中なら変えることができるかもしれない。
それで考えてみた。
あたしが保護したり、訴えかけたりしたらどうだろうって。
深く考えなくても分かった。
私の目は2つしかないし、体は1つしかない。
学園であの惨事だったんだ。
国規模、世界規模なんて無理に決まっている。
王都の表面上だけでは、今現在苦しんでいる本人やその家族や友人を救えたことにならない。
だから、小説の人気を借りる。
「ハックとスペッサル」の人気は凄まじい。
その作家の新作ともなれば、絶対に読むだろう。
糸を針の穴に通すようなことだろうけど、世論を動かせるかもしれない。
微々たるものだったとしても動かしたい。
小さな波紋だったとしても、何個も広がれば大きな波になるだろうから。
何をするのがオニキス様のためになり、セラフィ様のためになり、今生きている黒目黒髪の人たちのためになるのか、正直分からない。
正解は分からないけど、何かをせずにはいられない。
「いつまでとか希望はありますか?」
もう1つ同時進行したいことがある。
でも、それは本当に運任せで、上手くいく保証はない。
「可能な限り早くですが、ラブラド様の生活を優先していただいて大丈夫です」
「分かりました。必ず書ききってみせます」
「よろしくお願いします」
真剣な話が終わり肩の力を抜いてお喋りしていると、シトリン公爵令嬢がエンジェ辺境伯令嬢を連れてルチルの部屋にやってきた。
新しいネイルを、ルチルたちに見てほしかったようだ。
夕食の時間までシトリン公爵令嬢のお洒落の話を聞き、夏休みに全員で買い物に行きたいねと盛り上がった。
夜になり、ルチルはお婆さんから預かった、会いたい人に夢の中で会える薬を見ている。
これが必要になる状況って、どんな状況なんだろう。
あたしが動くことで、この薬を使わなくていい未来になってほしい。
できれば、夢じゃなくて現実で会わせてあげたい。
セラフィ様の記憶障害は、塔に閉じ込められたからじゃないと思う。
自分の存在を認めたくなくて、全ての過去を思い出したくなくて、心を守るために自分自身を消したんだと思う。
だから、心に強く反応するオニキス様を見て、情緒不安定になるんじゃないかな。
忘れたい過去は忘れたらいいと思う。
でも、忘れたい過去ほど忘れられないから、心を壊すしかなかったんだろう。
黒目黒髪の何が悪いのよ。やるせないわ。
このままではどこまでも気持ちが沈んでいきそうで、頭を小さく振って、心の黒い霧を払った。
色々考えたり想像したりするより、まずはセラフィ様に会ってみなきゃだな。
土曜日に会いに行こう。
チョコチップクッキーが好きって言ってたよね。
大量に持って行こうかな。
足掻くだけ足掻いてやると、強く決意した。
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