23 〜オニキスの願い 2 〜
「幽閉されてからセラフィは穏やかだった。セラフィが退屈しないようにって、外の話をたくさんした。たくさん色んな物を持っていった」
数ヶ月間、昔に戻れたようで幸せだった。
でも、俺の行動が彼女を蝕んでいった。
「俺が誰より会っていたはずなのに、セラフィが少しずつ狂っていっていることに気づけなかった」
彼女は、自由に行き来して、知らない話をする俺が羨ましかったんだろう。
自分だけがどこにも行けない環境に、一人ぼっちの部屋に、耐えられなくなったんだろう。
小さい頃は隠されていたとしても、庭には自由に出られていたんだから。
俺が学園に行くまで入り浸っていたから、余計に寂しさが募ったんだろう。
俺がセラフィを孤独にしていた。
ぬいぐるみをたくさんプレゼントしても、犬をプレゼントしても、寂しさを埋めることはできなかった。
「はじめは、俺を兄さんと間違えはじめた」
この時に恋心に気づいたんだと思う。
俺は兄さんじゃない。
俺の名前を呼んでほしいって。
でも彼女は、兄さんの名前を呼んで泣くばかりだった。
「幸せだったころに戻りたかったんだと思う。だから、俺は兄さんになった。
でも、そんな日々は一瞬で、次に兄さんのことが分からなくなった。次に、自分のことが分からなくなった」
兄さんにならなければよかったのか。
根気よく、君はセラフィだと説明すればよかったのか。
俺は、全てに後悔してばかりだな。
「時々、正気に戻る時もあったんだ。でも、俺を見ると壊れるんだ。だから、ここから窓を眺めるようになった。俺を見なければ、自分のことが分からなくても、犬と穏やかに過ごしているらしいから」
会いたい。顔が見たい。
君は今、どんな顔をして過ごしているんだろう。
君は、もう生きたくなかったのかもしれない。
俺の傲慢で生きてもらっている。
君は、どう生きれば幸せになれたんだろう。
願わくば、今、少しでも幸せだと想っていてほしい。
深呼吸まではいかないけど、大きな息遣いが聞こえてルチル嬢を見た。
瞳から滝のように涙を流していて、唇を噛んで、声を殺している。
俺の話の邪魔をしないための配慮だろう。
ルチル嬢が不細工すぎて、笑いが込み上げてきた。
面白いのに、仮面じゃない笑顔ができるはずなのに、喉がつっかえる。
視界がボヤけて、目頭が熱い。
ルチル嬢が、握っていない方の手も繋いできた。
泣かないようにしていたのに。
こんな現実、認めたくなかったのに。
楽しいことも嬉しいこともあるのに、幸せが見つからない。
君に会えない日々が増える毎に、心の穴が広がっていく。
「ルチル嬢、教えて欲しいんだ」
ルチル嬢に聞いても困らせるだけだ。分かっている。
なのに、止めることができない。
「セラフィは、ポナタジネット国に生まれれば幸せになれたのかな」
本当のところは分からないけど、この国よりは幸せになれたと思うんだ。
「ねぇ、そんなに黒目黒髪はいけないことなの? 俺には何が悪いのか分からないんだ。教えてよ」
ルチル嬢が痛いほど強く握りしめてくる。
震えているのは、俺なのか、ルチル嬢なのか、分からない。
想いは胸が苦しいほど膨れ上がっていて、まるで水の中で生活をしているような感覚だ。
自分の声も周りの音も、とても鈍く感じる。
でも、そんな中で唯一混じり気なく聞こえてくる音がある。
風に乗って、微かに愛しい人の声が耳に届く。
俺が時間を見つけては、塔を見上げにくる理由。
それは、彼女が歌う声が微かに聞こえてくるから。
「これね、セラフィが歌ってるんだよ。セラフィの夢は演者になることだったんだ」
どこかにその気持ちが残っているんだろう。
君は、何を想って歌っているんだろう。
記憶のどこかに、俺は残っているんだろうか。
下手くそな俺が小さい時に教えた歌を歌っているから、望みを捨てきれないんだ。
彼女の声が聞こえなくなるまで、何も話さず、泣き続けていた。
「私は、セラフィ様と会えますか?」
「会えるよ。殿下に許可証をもらっているからね」
朝、殿下から預かった許可証をルチル嬢に渡した。
ルチル嬢は許可証を確認した後、俺を真っ直ぐ見つめてきた。
強く光り輝き、何かを決意しているルチル嬢の瞳が、安心感を与えてくれる。
きっと何人も、この瞳に救われてきただろう。
ルチル嬢は、相手の弱って折れそうな心の木に、添え木を取り付ける。
あくまで添え木の取り付けのみで、折れないように曲がらないように育つのは本人の力。
その子の力を信じて、支えるだけの応援をする。
俺は救われたくて話したわけじゃない。
でも、こんな俺でも一歩進めるのなら、話す相手はルチル嬢がいいと思っただけだ。
彼女に会いたい気持ちも、俺の中に溜まり続けている罪悪感も変わらない。
ただ、少しだけ息がしやすくなった気がする。
それは、ルチル嬢が頭が垂れてしまった枝を支えてくれたからだろうか。
「会いに行く?」
「今日は不細工になってしまいましたから。今度、完璧に綺麗な私で会いに行きます」
ルチル嬢は綺麗な部類だろう。
でも、ここで言うことだろうか。
小さく笑うと、ルチル嬢は微笑んだ。
俺を笑わせるための言葉だと分かり、俺も自然と微笑んでいた。
「じゃあ、プレゼントだけ渡しに行っていい?」
「もちろんです」
会って渡すことはできないけど、この塔の管理人に預ければ渡してくれる。
ルチル嬢と並んで塔に向かい、面会の受付をしている管理人に要件を伝える。
中身を隈なく確認されて、問題ないと判断してもらえたので、書類に日付と内容物と名前を記入する。
記入している間に、ルチル嬢は管理人に挨拶をして「これからは頻繁に来るかもしれないので、よろしくお願いします」とお菓子を渡していた。
本当にいつでもどこでも笑顔でお菓子を渡しているなぁと感心する。
労いの言葉もかけていたから好印象だろう。
抜かりないのは、未来の王太子妃として素晴らしいと思う。
というか、これから頻繁に来るかもしれないって、どういうことだろうか?
聞いても教えてくれないだろうけど、一応聞いておくか。
「これから、ここに頻繁に来るの?」
「そうですね。たぶんですが」
そう言われると思ったよ。
小さく息を吐き出して、塔に背中を向けて歩き出す。
いつかまた彼女に会えるだろうか。
笑い合える日が来るのだろうか。
「オニキス様、カッサータを食べに行きましょう」
「なにそれ?」
「新作のケーキです。ドライフルーツやナッツを入れたチーズ味のアイスケーキですね」
「アイスなのにケーキなの?」
「面白いでしょう」
ルチル嬢は顎をあげ、胸を張って歩いている。
お人好しだな。
俺を励ますために、今から本邸に行って作ってもらおうとしているんだから。
「殿下に自慢しよう」
「アズラ様の分は、ちゃんと持ち帰りますよ」
「なーんだ。残念」
ねぇ、ルチル嬢。知らないでしょ。
俺、殿下のこと好きだけど、同じくらいルチル嬢のことも好きなんだよ。
誰かのために動けるルチル嬢を尊敬しているんだよ。
ルチル嬢がバカみたいな行動をするときは、いつも誰かのため。
王太子妃として褒められる行動じゃないから俺も立場上怒るけど、本当はいつも尊敬してたんだよ。
絶対、殿下と幸せになってね。
このクソッタレな世界にも幸せはあるって、俺に教えてほしいんだ。
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