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22 〜 オニキスの願い 1 〜

朝から殿下を歌で揶揄った後、ルチル嬢に「彼女に会ってほしい」と伝えた。


いつも通り伝えられたと思うのに、ルチル嬢は全てを包み込むような顔で微笑んだ。

緊張して素っ気なく伝えてしまったんだろうと気づいた。


誰かに伝えるということは、その事象を受け入れるということ。


俺に受けとめる勇気があるのかどうかは分からない。

でも、殿下やルチル嬢、周りのみんなを見て、俺も一歩踏み出さないといけないと思ったんだ。


王宮の中を、何も話さず歩き続ける。


どうして王宮の中を歩いているのか不思議だろうに、ルチル嬢は何も聞いてこない。

いつもは色んなことに手や口を出そうとするのに、ここぞという時は静かに見守っている。


だからかな、ルチル嬢はきっと揶揄ったり馬鹿にしたり軽蔑したりせず、受け止めてくれるって思うんだ。


端の方まで進むと、大きな塀に頑丈な扉が見えてくる。

門番の騎士たちに頭を下げて、扉を開けてもらう。

森の中の小道を歩き続け、開けた場所に出た。

目の前には、空に突き刺さりそうな塔。


その寂しそうに静かに佇む塔を見上げる。

いくつかある窓には、頑丈な鉄格子が嵌められている。


「オニキス様、ここは……」


「ここは、重罪を犯した終身刑の高位貴族が住む塔だよ」


いつから、どんな時も自由自在に笑顔になれるようになったんだっけ。

今はもう、笑顔という仮面が縫い付けられたように外せない。


「俺の彼女って言ってたけど、実は付き合っていないんだ。周りがそう思っているだけ。俺の片想いなんだよ」


「痛い男でしょ」と笑ったはずなのに、ルチル嬢は悲しそうに小さく首を振った。

ルチル嬢から彼女が住んでいる塔に視線を戻す。


ここには数え切れないほど通ったな。

泣かれることが多かった。

彼女は、どんな風に笑う女の子だったっけ。


「彼女、セラフィ・クヤヴィフは、クヤヴィフ子爵家の離れに姿を隠すように住んでいた。

ある日、兄さんと喧嘩した俺は、家にある大きな木に登って隠れた時に、離れの庭で遊ぶセラフィを見つけたんだ。初めて見る女の子に興味が湧いて、遊びに行ったってわけ」


見たことがない女の子だった。

間近で見たその子は、とても綺麗な髪に瞳をしていて目を奪われた。


「毎日のように、隠れて遊ぶようになって仲良くなった。でもそんな日々は一瞬で、すぐに兄さんたちに見つかった」


ルチル嬢が、何も言わずに手を握ってきた。

殿下には申し訳ないが、温かい手を握り返してしまった。


「怒られるかと思ったけど、兄さんたちも一緒に遊ぶようになったんだ。

そして、セラフィは兄さんを好きになった。俺は2人がくっつけばいいと思ったから、セラフィに協力した」


あの時に恋心に気づいていれば、何か変わっていたんだろうか。


「2人は、めでたく付き合ったよ。俺が13才の時で、兄さんが学園に入る直前だった。セラフィは学園に通っていなかったから、2人で兄さんが帰ってくる土日を心待ちにしていたんだ。

でも、そんな幸せはあっという間に崩れ去った。父さんが気づいていないわけがなかったんだ」


父を憎みたくない。

こんな世の中、世界が悪いんだ。

そう思うのに、それに従った父のことを許せなくて苦しい。


「父さんは兄さんに婚約者をつけた。兄さんは反対したけど、最後には諦めていた」


土下座をして、父に殴られても懇願し続けていた。

でも、家を出る勇気だけは持てなかった兄は、非情な人間の仮面をつけて彼女に別れを切り出した。

その時の怒りを、今もまだ覚えている。


「子爵家の方も知ってたみたいでさ。兄さんと結婚できるなら利用価値があると思ってたみたいなんだよ。でも、その兄さんにセラフィは捨てられた。そして、ホーエンブラド侯爵との縁談が決まった。俺が14才、彼女が18才。成人を機に売られたんだよ」


助けてあげたかった。

兄さん以外と結婚するにしても、あんなジジイ相手なんて可哀想すぎる。


だから、俺でよければ結婚しようって、彼女にも両親にも伝えた。

両親には殴られ、彼女には「気持ちだけもらっとく。ありがとう」と振られた。


「どうしても納得できなくて、全てに絶望しているセラフィを連れて逃げたんだ。

逃げられるわけないのにね。1日も経たずに捕まったよ。俺が部屋に軟禁されている間にセラフィは結婚して、セラフィ・ホーエンブラドになっていた」


落ちこぼれと言われた三男の俺なら、両親は許してくれるんじゃないかって、あの時思わなければよかったんだ。

両親に気持ちを伝える前に逃げていれば、彼女を救えたかもしれない。


「部屋から出られるようになった俺は、両親に怒られながらもセラフィの元に通った。侯爵夫人のはずなのに、足を鎖で繋がれていて、着せ替え人形のように遊ばれていた。

反吐が出そうだったよ。どうして、こんな人間が存在するんだろうって」


本当に人形のように扱われていた。

笑えと言われれば笑い、泣けと言われれば涙を流し、抱きたい時は抱き潰されていた。


「まともにご飯を食べてなくてね。それに気づいてからは、毎晩のようにお菓子を持って通ったよ。お菓子を食べた時だけ少し笑ってくれたんだ。嬉しかった」


今は、その顔も思い出せないけど。


ああ、そうか。この時には常に笑顔でいることにしてたんだった。

俺だけでも笑わないとって。

元気を分けてあげたいって。


「あの日、侯爵はセラフィの髪を切って遊んでいた。一瞬の出来事だった。セラフィが侯爵からハサミを奪い取り、侯爵を刺すまで」


俺が石のように固まりさえしなければ、セラフィを連れて、あの時こそ逃げられていたかもしれない。


俺が動き出すよりも、侍女が異変に気づく方が早かった。

侍女の悲鳴に俺の体は動いた。


「セラフィは、ホーエンブラド侯爵家の騎士によって捕まり、死刑を宣告された。俺は今度こそ助けたくて、正当防衛を訴えた。ホーエンブラド侯爵家の怒りを買ったよ。それで勘当され、ホーエンブラド侯爵家が被害者のように不倫の噂を流された」


家族とは、ずっと不仲だった。

当然だ。当主の言うことを聞かない出来損ないだったんだから。


だけど、どうしてもセラフィを見捨てることなんてできなかった。

俺だけは、彼女の味方でいたかった。


「家の力もなく、不倫をしていると後ろ指差された俺を救ってくれたのが殿下だったんだ。殿下が掛け合ってくれたから、セラフィは死刑じゃなくこの塔で終身刑になった」


今思えば、あの時死んでいた方がセラフィは幸せだったのかもしれない。






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