21 〜 アズラの愛 〜
ルチルの誕生日パーティーの日を迎え、ルチルは朝から夕方までアヴェートワ公爵家に帰っている。
前公爵と公爵は、今日だけは仕事もせず、裁判関係のこともせず、家族全員で過ごすそうだ。
僕は仕事をしながら、小声で練習をしている。
ルチルが教えてくれた歌は、愛する人を思っている歌だそうで、聞いたことがないメロディーだった。
踊らなくてもいい曲を選んでくれたのでよかったと思ったけど、逆に恥ずかしいということに気づいた。
僕の声を真っ直ぐに聞かれるということだから、少しも間違えることができない。
ルチルの好きな曲らしいから、頑張らないと。
後、ハッピーバースデーという歌もあって、その歌は完璧だ。
アヴェートワ公爵家では、ミソカの誕生日にルチルが歌って、誕生日の定番の歌になったそうだ。
今度、僕の誕生日にも歌ってくれるらしい。嬉しい。
歌だけじゃなくて、サプライズも準備している。
喜んでくれるといいな。
チャロが時間を教えてくれ、誕生日パーティーの準備に取り掛かった。
周りが心配そうにオロオロと見守ってくる。
心配をさせて申し訳ないが、少し鬱陶しい。
頑張って、なんとか完成させたけど……これをルチルに渡していいのだろうか……
「ルチル様は喜んでくださいますよ」
本音だろうか。それとも、慰めだろうか。
でも、やり直す時間はないし……どうしよう……
チャロに「時間がありません。着替えましょう」と言われ、湯浴みと着替えを済ませた。
アヴェートワ公爵に送られてきただろうルチルを、今年も続き扉から迎える。
今年は、しどろもどろにならないぞ。
「おかえり、ルチル。休憩する? ご飯にする? それとも、僕にする?」
幸せそうに、照れたように微笑んだルチルが飛びついてきた。
温もりを味わうように抱きしめ返す。
「もちろん、アズラ様です!」
嬉しい。
ルチルが、何よりも僕を選んでくれることが嬉しい。
「ご飯は部屋に用意してるよ。食べよう」
首を傾げる仕草も、何回何十回何百回見ても可愛い。
「私はアズラ様を選んだんですよ。ご飯にするんですか?」
「えっと……」
軽口を楽しむだけのやりとりかと……
「先に歌った方がいい?」
ルチルがチャロを見た。
ああ、分かる。
チャロとカーネが下がってしまうんだ。
僕としても2人っきりは嬉しいけど、ルチル以外に誰もいない空間というのは、最近精神的にキツくなってきた。
「歌は、後にとっておきたいんです。アズラ様、キスして、もっと強く抱きしめてください」
理性がなくならないように、必死に意識を繋ぎ止めながらキスをする。
強く抱きしめれば抱きしめるほど、ルチルの柔らかさが伝わってくる。
心が、体が、歓喜で震えてきた。
この喜びを追いかけると、きっと理性がなくなってしまうんだろう。
ルチルの笑顔を見たら手を繋ぎたくなる、手を繋いだら抱きしめたくなる、抱きしめたらキスをしたくなる、キスをしたらその先が欲しくなる。
側にいるだけで幸せなはずなのに、なぜか満たされない。
「アズラっ様っ、ダメですよっ」
え?
慌てて、ルチルから距離を取った。
窓に反射する自分の首元を確認したルチルが、僕を揶揄うときにする愉しげな顔をする。
「首についちゃいました。どうしてくれるんですか?」
よく見えるように首を倒して見せてくる。
キスマークがくっきりとついていた。
僕はいつの間につけられるようになったんだろうと戸惑うと同時に、キスマークがつくほど吸い付いてしまったということに恥ずかしくなった。
熱いから、きっと耳まで真っ赤だろう。
赤くなってしまうことも恥ずかしい。
「ご、ごめん」
「今度からは見えない位置にしてくださいね」
「え? え?」
それは、見えない位置ならつけてもいいと……
ダメだダメだダメだ! 想像したらダメだ!
「ご飯にしましょう。その後に、歌をお願いします」
「うん、頑張るよ」
ご飯になってよかった。
ルチルを、ドア前からテーブルまでエスコートする。
椅子に座ってもらい、ルチルの前にあるクローシュを外した。
ルチルは喜んでくれるだろうか。
緊張しながらルチルを盗み見ると、可愛い顔で料理と僕を交互に見られた。
一瞬で、僕が作ったハンバーグだと分かったみたいだ。
形も崩れているし、少し焦げている。
サラダは上手に盛り付けることができたけど、パンは上手に膨らまなかった。
「嬉しいです!」
ルチルが座ったまま、立っている僕に抱きついてきた。
見上げてくるルチルの瞳に、嘘は少しも感じない。
本当に嬉しいんだと伝わってきて、頑張ってよかったと僕まで顔を綻ばせた。
僕が初めて1人で作った料理は、可もなく不可もなくだった。
ルチルは「美味しいですよ」と全部食べてくれたが、もっと食べたいと思う味ではなかった。
来年は、美味しいと言ってもらえるように頑張ろう。
ハッピーバースデーの歌を歌い、アヴェートワ公爵家での誕生日パーティーの話を聞きながら、ケーキを食べさせ合った。
段々と歌う時間に近づいていく。
早く歌って緊張から解き放たれたい気持ちと、このままのんびりしておきたい気持ちがせめぎ合っている。
「アズラ様、そろそろお願いしてもいいですか?」
ルチルに愛らしくお願いされたら、全力でやるしかない。
恥など捨てて、緊張を体から追い出して、僕の全てを懸けて歌うんだ。
ルチルだけを見つめて、ルチルに「好き」が届くように声を紡ぐ。
歌い終わった後、ルチルは立ち上がって拍手をしてくれた。
ルチルの喜んでくれている顔に歌ってよかったと思えたし、達成感と解放感がものすごくあって心地よかった。
が、
僕の全力の声は廊下にも届いていて、僕が歌うと知って廊下で待機していた両親にもバッチリと聞こえていたそうだ。
歌っている間に、使用人たちも集まってきたらしい。
こうして僕の歌はみんなに聞かれ、みんなから褒められ、数日後には王都に讃歌として伝わるようになる。
達成感と解放感は消え失せ、羞恥だけが未来永劫残ることになった。
明日はオニキス視点です。
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