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「父上、私に考えがあるのですが」
「言ってみなさい」
「2人には密偵になってもらいましょう」
さすが、アズラ様。
アズラ様が言わなければ、あたしが提案してたよ。
「神殿が戦争を企んでいる証拠を、こちらに渡してもらうんです。今までの悪事の証拠もあればいいんですが。そうすれば、今アヴェートワ公爵家との間で起こっている裁判でも楽して勝てます」
「いい考えだが……」
「やります。私たちも操られた怒りがあります。協力は惜しみません」
クンツァ王太子殿下の真っ直ぐな瞳に、陛下は目を逸らさずに重たい声を出した。
「危険を伴うが、いいのだな?」
一歩間違えれば命を落とすのだと。
その覚悟まであるのかと。
「かまいません。本当に申し訳ないことをしてしまいましたから」
アズラ王太子殿下が言ったスパイ作戦は、ルチルがシンシャ王女と先に話していた。
誰も提案しなければ、ルチルが提案すると。
そして、ルチルはその見返りとして……
「陛下、証拠を持ってきてくださるということは、私たちの味方ということです。ポナタジネット国ははじめから、こちらの味方だったということにしませんか? もちろん表向きだけで、賠償金はたくさんいただきましょう」
賠償金という言葉に、陛下が声を上げて笑った。
「そうだな。嘘の発表もして、ポナタジネット国と仲良しに見せる分も上乗せさせてもらおうか」
「それもよろしいんですが、もう1つ仲良しに見せる方法があるんです。私は、陛下に止めて欲しいんですが……」
「なんだ?」
「シンシャ王女がミソカを見初められたようでして、ミソカとの結婚を望まれているんです」
陛下は絶句したが、王妃殿下は扇子で口元を隠した。
話し合いが始まってからは一切表情を変えなかった王妃殿下が、緩んでしまいそうな口を扇子で隠したのだ。
「私、人質として嫁ぎます。何かありましたら、道具として使ってください。ミソカ様になら殺されてもいいです」
堂々と殺されてもいいって言わないで。
ああ、本当に義妹になるんだろうか。
陛下を見ると、陛下は目を閉じていた。
必殺技使ってるー!
陛下が決めなきゃいけないんだからね!
「ミソカは、何て言ってるのかしら?」
王妃殿下に丸投げするんですね。
そうですか、そうですか。
「ミソカは、私や国の利になるのなら結婚してもいいそうです」
「それは本音なの?」
「え?」
「もしかしてだけど、ミソカとシンシャ王女が『ハックとスペッサル』のモデルじゃないの?」
違うよ!
あれは、ロミオとジュリエットがモデルなの!
あー、でも、ものすっごい期待の眼差しが……
王妃殿下も、あの本に夢中だもんなぁ。
「黙秘ということでお願いします」
あああ、扇子で見えない口の口角、上がりまくりなんだろうなぁ。
これはもう止められない。
「私は2人の結婚に賛成です。人質として結婚をするのは、よくある例ですからね」
「そうだな。ミソカがいいのなら、そうしよう」
陛下め、お父様とお祖父様からの逃げ道を作ったんだな。
ミソカが決めたことなら2人は反対しないよ。
逆に、子供は可愛いだろうって喜ぶと思うよ。
両手で口を隠して喜ぶシンシャ王女に比べて、クンツァ王太子殿下は顔を青くしている。
「でも、シンシャ王女は、アズラの顔が好きだったんじゃないの? 何回も縁談の申し込みがあったわよ」
「それは、アズラ王太子殿下の顔が好みというより、両親が持ってきた婚約者候補の人たちの中で1番顔がよかったからです」
絶対に1人選ばないといけないなら男前を選ぶよね。分かる。
「アズラに未練はないのね?」
「ありません。ミソカ様だけを愛しています」
クンツァ様が、とうとう泣いちゃってるよ。
王妃殿下は楽しそうだからいいか。
陛下が王妃殿下をチラ見すると、王妃殿下は「十分です」と笑みを浮かべている。
「賠償金等の話し合いを詰めた後、書簡を作成しよう。それを持って帰ってほしい」
「かしこまりました」
どのような協力をしていたのかを詳しく話してもらい、邪竜の復活をさせようとしているのも、魔物を使って襲っていたのも神殿だと説明してもらう。
結果、ルチルの誘拐計画に関わっていたことと、資金提供と隠れ場所の提供分の賠償金をもらうことになったが、そこまで多額ではなかった。
シンシャ王女の人質結婚の分を引いているそうだ。
ポナタジネット国の両陛下も寛大な処置に喜ぶと思うと、クンツァ王太子殿下は感極まって泣きそうになっていた。
きっと言葉通り感謝からだと思う。
シンシャ王女が嫁いでくる項目が、きっちり記載されていたからではないはずだ。
明るく朗らかになった2人を見送る時に、カメラと「ハックとスペッサル」を渡した。
「これが王妃殿下が仰っていた本ですか?」
「ロミオとジュリエットが元ネタです」
ルチルが小声で教えると、シンシャ王女はルチルに抱きついてきた。
カメラも喜んでもらい、クンツァ王太子殿下とシンシャ王女は笑顔で帰っていった。
明日はアズラ視点になります。
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