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最後の伯爵家の人たちの挨拶が終わり、両陛下とは別れた。


「ルチル、喉渇いてない?」


「少しだけ渇いています」


「じゃあ、飲み物もらおう。何がいい?」


「レモンジュースはありますか?」


「もちろん」


アズラ王子殿下が近くの給仕に声をかけると、チャロが飲み物を2個持ってきてくれた。

これからパーティーが終わるまで側にいるそうだ。


「アズラ様、スイーツを食べに行かれますか?」


「そうだね。楽しみにしていたんだ、スフレチーズケーキ。3種類あるんだよね? どれから食べた方がいいとかある?」


「そうですね……1つ1つ小さめにしていますから、3種類交互に食べていただくと味の変化を楽しめるかと思います」


「分かった。そうするね」


グラスをチャロに渡し、チャロから給仕に返される。


スイーツのある机に向かって歩き出すと、子爵家男爵家の人たちから「挨拶したいぞー」という念が視線に乗って送られてくる。

身分にはヒエラルキーがあり、階級で下から上に声をかけることは許されていない。

ここではアズラ王子殿下から声をかけられないと、挨拶できないということだ。


アズラ様の頭の中は今スイーツのことでいっぱいだから、食べ終わるまで少し待ってね。


という気持ちを込めて、見てくる人たちに微笑んだ。


スイーツの机に到着すると、先程の挨拶で顔を合わせたラセモイユ伯爵家のオニキス伯爵令息が、スフレチーズケーキを食べていた。


「オニキス。僕が食べる前に食べるなんて、どういうこと?」


「待てなかったんですよ」


「そこは待つべきだからね」


「無理です。ものすっごくいい匂いがしているのに、待てとか拷問ですよ」


アズラ王子殿下が「ったく」と小さく呟いて、息を吐き出した。

小豆色の髪と苗色の瞳をした彼は、屈託なく笑っている。


「初めまして。アヴェートワ公爵家のルチル・アヴェートワと申します。以後、お見知りおきをお願いいたします」


「ご丁寧にありがとうございます。私は、ラセモイユ伯爵家オニキス・ラセモイユと申します。こちらこそ、以後よろしくお願いいたします」


アズラ王子殿下との婚約のお祝いの口上は婚約式の時になるため、誰もお祝いを口にはしない。

今日はあくまでアズラ王子殿下の誕生日パーティーであり、ルチルはただのパートナーなのだ。


「アズラ王子殿下、お誕生日おめでとうございます。誕生日プレゼント喜んでいただけましたか?」


「そうだ。あのプレゼントの使い道が分からなくて、聞こうと思ってたんだ」


「あれは飲み物でして、牛乳で溶かすと飲めますよ」


「あの茶色の物体が?」


「はい。まぁ、ザラザラして、そこまで美味しくはないんですけどね」


笑いながら言うオニキス伯爵令息に、本当に仲がいいんだなぁとルチルは思った。


「美味しくないものを贈ってこないでよ」


「美味しくなくても栄養価が高いんですよ。匂いは甘いですしね」


「匂いは甘い? 味は?」


「苦いです」


ん? んん? 茶色の物体で、苦いザラザラした飲み物??

そして、栄養価が高いとくれば?


……いや、まさか……ずっと探してたアレ?

お祖父様にもお父様にもお願いして、探してもらっているアレ?


「あの、ラセモイユ伯爵令息」


「オニキスでいいですよ、ルチル嬢」


「おい、気安くルチル嬢と呼ぶな」


「心が狭いと男の甲斐性が無くなりますよ」


「それでもダ一一


「はい。ルチル嬢でいいですよ。私もオニキス様と呼ばせていただきますね」


アズラ王子殿下から、何か喉に詰まらせたような音が聞こえた。


「アズラ様、大丈夫ですか!?」


「……問題ないよ。問題ない」


萎むような声で言われて、泣きそうな顔をされる。

若干引いているオニキス伯爵令息を放っておいて、アズラ王子殿下の腕を引っ張った。

背伸びして耳元に口を近づけ、小声で伝える。


「後で2人きりの時に『アズラ』と呼び捨てさせてくださいね」


途端にアズラ王子殿下の顔が真っ赤になり、溶けそうなほど眉も瞳も下がった。

安心したルチルはアズラ王子殿下との腕を組み直し、オニキス伯爵令息に向き合う。

オニキス伯爵令息は、お腹を抱えて笑っている。


「オニキス様、お聞きしたいことがありまして」


「ごめん! ちょ、ちょっと待って! お腹痛い!」


「オニキス、何をそんなに笑っているの?」


柔らかい声が聞こえた方を見ると、スミュロン公爵家のフロー公爵令息が現れた。


「そ、それがさ、殿下が面白くて」


「殿下が面白い?」


まだ笑いが収まらないオニキス伯爵令息に、フロー公爵令息が首を傾げた。

もうオニキス伯爵令息を放っておこうと思ったのか、アズラ王子殿下に理由を聞こうと思ったのか分からないが、こちらに向き直している。


「会話の途中で割り込んでしまい、申し訳ございません。スミュロン公爵家次男フロー・スミュロンと申します。よろしくお願いいたします」


「アヴェートワ公爵家ルチル・アヴェートワと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


軽く頭を下げ、微笑み合った。

なんとも雰囲気も声も柔らかい少年だなぁと、将来有望株の太鼓判をルチルの中で押しておいた。


「ところで殿下。スフレチーズケーキを食べられましたか?」


「食べようとしたらオニキスに邪魔されたんだよ。今から食べる」


「そうでしたか。皆様、殿下待ちですよ。かくいう私も早く食べたくて、殿下を促しにきました」


「そうか、悪かったね。すぐに食べるよ」


チャロがお皿に3種類のスフレチーズケーキを乗せて、アズラ王子殿下に差し出した。

お皿を受け取ったアズラ王子殿下は、すぐに1口2口と食べ進めていく。

ほころんでいく表情に、ルチルは作ってよかったと嬉しくなる。


「アズラ様、いかがですか?」


「美味しいよ。ルチルが言ったように順番に食べ比べると、味の変化を楽しめるね」


「どれが1番お好みでしょう?」


「んー。どれも美味しいけどプレーンが1番好きかなぁ」


うんうん、あたしもプレーンが1番好き。

舌の好みが合うようで嬉しいよ。


「俺はキャラメルのやつですね」


「やっぱりその食べ掛けはオニキスのだったんだね。あれだけ待つように言ったのに」


「まぁまぁ」


まだ続きそうなフロー公爵令息の言葉を言わせないとばかりに、オニキス伯爵令息はルチルに声をかけてきた。


「ルチル嬢、さっき言ってた聞きたいこととは?」


「はい。アズラ様へ贈られたというプレゼントのことでして。そちらはカカオという食べ物ですか?」


オニキス伯爵令息が目を見開いて、興奮したようにルチルに近づいてくる。


「そう! そうだよ! ルチル嬢知ってるんだね! うわー! 嬉しいよ!!」


「オニキス、言葉遣い」


「あ、申し訳ございませんでした」


オニキス伯爵令息とフロー公爵令息のやり取りに、いつもこうなんだろうなと思い、笑みが溢れた。

すると、オニキス伯爵令息とフロー公爵令息の2人に、ぽうっと見つめられた。

アズラ王子殿下の咳払いに、2人の時が動き出す。


「少し横に移動しようか。他の人たちもスフレチーズケーキが食べたいだろうしね」


「はい。そうですね」


「チャロ、他のスイーツを適当に選んで持ってきて」


チャロを置いて、4人で近くの壁の方に移動した。

待っていましたと言わんばかりに、スフレチーズケーキにみんな集まっていた。






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