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両陛下を交えての接待は、初日の晩餐と最終日前日のパーティーだけになる。
ルチルとアズラ王太子殿下は、それ以外の日も案内役としてクンツァ王太子殿下とシンシャ王女と一緒に過ごすことになっている。
今日は、アヴェートワ公爵家タウンハウスの桜の下でお茶会を予定している。
いわゆるお花見だ。
転移陣だと一瞬の移動だが、今日は馬車移動になる。
馬車の中でクンツァ王太子殿下たちと会話をしていて、ルチルは変化に気づいた。
昨日はクンツァ王太子殿下が一方的にシンシャ王女を見ていたが、今日の2人は何度も微笑み合っている。
柔らかい雰囲気になったクンツァ王太子殿下たちは、仲睦まじい兄妹そのものだった。
アヴェートワ公爵家のタウンハウスに到着すると、シンシャ王女は瞳を潤ませて桜を見上げている。
そして、なぜかシトリン公爵令嬢・フロー公爵令息・ジャス公爵令息が、桜の下に設営しているテーブルにいた。
頭を下げて待っていた3人に、アズラ王太子殿下が声をかける。
「頭を上げて」
気合いが全身から分かる2人と、穏やかに微笑んでいる1人。
シトリン公爵令嬢に、ジャス公爵令息は丸め込まれ、フロー公爵令息は何も聞かされず引っ張ってこられたんだろうなと感じた。
「クンツァ王太子殿下、シンシャ王女。私たちの友人を紹介します。
右から四大公爵家、スミュロン公爵家のフロー・スミュロン、ナギュー公爵家のシトリン・ナギュー、ルクセンシモン公爵家のジャス・ルクセンシモンです」
綺麗にお辞儀をする3人に、クンツァ王太子殿下が頷いた。
「トゥルール王国重臣の四大公爵家の皆様にお会いできて嬉しいです。
私は、ポナタジネット国クンツァ・ビューネ・ポナタジネットです。隣にいるのは、妹のシンシャ・ビューネ・ポナタジネットです。よろしくお願いいたします」
「こちらこそお会いできて光栄です。お二方に楽しんでいただけるよう私たちも最善を尽くします。至らぬ点もあるかと思いますが、滞在期間中よろしくお願いいたします」
代表して挨拶をしているシトリン公爵令嬢の言葉が引っかかる。
滞在期間中?
あれ? もしかして毎日一緒に行動するのかい?
聞いてないよ?
アズラ様も驚いているよ?
ねぇ、相談くらいしてくれてもよかったよね?
シンシャ王女が、ルチルの腕に腕を絡めてきた。
扇子で口元を隠して、小さな声で話しかけてくる。
「シトリンと友達なのですか?」
「親友ですよ」
「しっっんゆう」
ルチルが虐められていないことに驚いているようだ。
シトリン公爵令嬢が目を丸くしているシンシャ王女を睨まないように頑張っているが、ルチルに触るなという圧は放たれている。
「そろそろ座りましょう」
アズラ王太子殿下の言葉に、侍女たちが動き、引かれた椅子にそれぞれ腰を下ろした。
「クンツァ王太子殿下、シンシャ王女、あんこは嫌いじゃありませんか?」
「好きです!」
祈るように両手を組んで顔を輝かせているシンシャ王女に、クンツァ王太子殿下は幸せそうに相好を崩している。
「私は食べたことはありませんが、妹と好みが似ていますので好きだと思います」
「それは、よかったです」
ルチルの視線での合図に、侍女たちが一斉に動いた。
1人に1人の侍女をつけているので、同じタイミングで目の前に配膳されるようになっている。
配られた黒いお皿の上には、桜餅と柏餅と苺大福が並んでいて、温かい緑茶も同時に用意される。
「初めて見る食べ物です」
「お兄様、こうやって食べるんですよ」
シンシャ王女は、黒文字で桜餅を切り、黒文字に刺して口に運んでいる。
ルチルは、前世でもいい所のお嬢様だったんだろうなと思いながら、シンシャ王女の美味しさに悶えている顔に頬が緩んだ。
シンシャ王女を真似て食べたクンツァ王太子殿下が顔全体を伸ばして、和菓子とルチルを交互に見てきた。
「美味しい! ルチル公爵令嬢、これはどこで購入できますか?」
「こちらは、王都にある和菓子専門店で購入できますわ。ただケーキと同じで日持ちしませんの。ですので、買われて帰るというのは難しいと思います」
「ポナタジネット国の近くで販売しているところはありませんか?」
「申し訳ございません。お店は、王都とアヴェートワ領にしかないんです」
「残念です」
シンシャ王女は、本当に楽しそうに和菓子を食べ、緑茶を飲み、桜を眺めている。
「アズラ様、私の苺大福も食べられますか?」
アズラ王太子殿下の「ん? 今、外交中だよ? ルチルらしくないよ? どうしたの?」という動揺が、アズラ王太子殿下の高速2回瞬きに出ている。
「少し崩してもクンツァ王太子殿下たちは気にされませんよ。お2人は遊びに来られているだけですから」
この言葉に、クンツァ王太子殿下が声を上げて笑った。
シンシャ王女さえも、お腹を抱えている兄の姿に目を見開かせている。
「失礼しました。嬉しい言葉でしたので、気が緩んでしまいました」
「嬉しい言葉ですか?」
「はい。アズラ王太子殿下は共感してくださると思いますが、どこに行っても、プライベートだと言っても、みんなかしこまってばかりで時々息が詰まりそうになるんです。だから、少しだとしても崩してくれるのは嬉しいんです」
「では、お友達になりませんか?」
みんな、そんなに驚かなくても。
あたしは、おかしなこと言ってないよ。
外交上も仲良い方がいいでしょ。
「公式の場では崩せませんが、その他は普通に話しましょう。堅苦しくなく遊びましょう」
いやいや、シトリン様。
異論があるからって、テーブルの下で扇子で突ついてこないで。
きっと大丈夫だから。
「嬉しいです! 私、お友達になりたかったんです!」
「私も嬉しいです。シンシャ様とお呼びしてもよろしいですか?」
「もちろんです。私もルチル様と呼ばせていただきます」
「俺のことはクンツァと呼び捨てに一一
「しませんよ」
ルチルの速攻の否定に、クンツァ王太子殿下は楽しそうに笑っている。
「皆様も、私のことはシンシャでお願いします」
「申し訳ございません。私が名前のみで女性を呼ぶのは、ルチルだけなんです。シンシャ王女と呼ばせていただきます」
「そ、うなんですね。分かりました」
昨日から、どうして不思議そうにアズラ様を見るんだろう?
「アズラ様、言葉を崩されたらどうですか?」
「でも……」
「アズラは俺のこと、クンツァ兄上と呼んでくれ一一
「呼ばない!」
クンツァ王太子殿下は、また笑っている。
「そうそう、そうやって普通にしてくれたら嬉しいよ」
「はぁ、分かったよ。でも、兄上なんて呼ばないからね」
戸惑っているフロー公爵令息やジャス公爵令息を横目に、シトリン公爵令嬢が先陣を切った。
「私は敬語使わないわよ? それでもいいの?」
「もちろんです」
「俺も気にしないよ。というか、嬉しいしね」
「分かったわ。後から不敬とか言わないでよ」
「言わないよ」
クンツァ王太子殿下の言葉に、シンシャ王女はにこやかに頷いている。
シトリン公爵令嬢にばかり任せてはいけないと、フロー公爵令息もジャス公爵令息も挨拶をし直している。
その間にルチルは、自分のお皿とアズラ王太子殿下のお皿を交換した。
気づいたアズラ王太子殿下が呆れたように微笑んだが、呆れの中に負の感情はなかった。
「もう、こいつー、仕方ないなぁ」というデレ感情しか窺えない。
ルチルは持てる力を全て使って、可愛く微笑み返した。
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