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クンツァ王太子殿下は、日記を読んでから妹はアズラ様に固執し始めたって言っていた。
きっと日記を読んで、前世を思い出したんだろう。
そして、思い出した記憶が強烈すぎて、今生の記憶が追いやられてしまったのかもしれない。
今の彼女は、松本珊瑚じゃなくてシンシャ王女だと自覚すれば、心底怖いと思っている外遊も楽しいものにできるかもしれない。
「幸せのようでよかったです。同郷の人が不幸なのは嫌ですから」
「同郷……」
「ええ、そうです。出身地が同じですもの」
「転生仲間じゃダメなんですか?」
「ダメですよ。だって、みんな記憶がないだけで転生しているかもしれないでしょ。輪廻転生って、よく言うじゃないですか」
「……そっか、記憶があるかないかだ」
そうそう、記憶があるかないかだけで、一人ぼっちじゃないからね。
みんな、同じなんだよ。
「私たちはお得なだけですよ」
「どういう意味でしょうか?」
「だって、他の人たちは、今生きている記憶しかないんですよ。前世不幸もありましたけど、覚えておきたい幸せなこと多いじゃないですか。覚えておきたくても、みんな覚えておけないんですよ。ほら、私たちはお得でしょ」
「お得って変な表現ですけど、納得しました」
そんなに笑わなくていいのに。
「でも、だから、会いたい人には会えないんですよね」
あたしと彼女では、前世との別れ方が違う。
あたしは、寿命を受け入れて死んだ。
でも彼女は、元気な状態でこの世界にやってきた。
神様が彼女をこの世界に呼んだのは、元の世界で彼女が事故で死ぬ予定だったからと説明されたと書いていた。
神様はちょうど新しい世界を作っている途中で、住人になれそうな人たちを探していたそうだ。
転移してきた彼女は、神様を見て五十嵐瑠璃先生の漫画で読んだアズラ王太子殿下にそっくりだと喜んだらしい。
だから、彼女の漫画の記憶を基に世界を作った。
スイーツがないのは、神様が覗き込んだ断片的な記憶にあらわれなかったからだ。
断片的に見えたモノの詳細は、他の世界の記録を参考にしたそうだ。
そんなことが、スイーツがない文句と共に書かれていた。
そして最後に「この日記を見つけし者は、神様に愛されている者に届けよ」と、この世界の文字で書かれていた。
ということは、神子様と言われているルチルに届けられていてもおかしくなかった。
でも、シンシャ王女に届けられたということは、彼女にもまた神様に愛されている証がどこかにあるんだろう。
「シンシャ王女の会いたい人は、この世界にはいないのですか? 私は、毎日アズラ様にも家族にも友達にも会いたいですわ。友達とは、学園を卒業すれば会える日はグッと減るでしょうから、今のうちにたくさん遊びたいと思っているんです」
「前世の家族には会いたくないんですか?」
「会えるなら会いたいですよ。幸せかどうか知りたいですし。でも、会いたい人って増えていきません?
それに、どの世界にいても、いつまで会いたい人に会えるかなんて誰にも分からないでしょう。遠く離れて会えなくなるかもですし、私も相手もいつ死ぬか分かりませんし、突然また別の世界に移るかもしれませんし。
そうなれば、この世界の人には会えなくなりますから。この世界にいる大切な人たちとは、会える時に会っておきたいんです。」
「ぁ……」
「もしかしたら、いつかひょこっと前世の大切な人たちに会うかもですしね。その時に、私は幸せだよって笑顔で報告できる私でいたいですしね」
シンシャ王女に微笑むと、涙ぐんでいたシンシャ王女が抱きついてきた。
そして、壊れた警報器のように大声で泣きはじめた。
駆けつけようとするクンツァ王太子殿下や護衛騎士や侍女たちに、ルチルは近づいて来ないように強い視線を投げる。
みんなが止まったことを確認してから、シンシャ王女の背中を赤ちゃんをあやすように優しく撫で、柔らかい声で話した。
「シンシャ王女、あなたの幸せをみんな祈っていますよ。だって、みんな、あなたが大好きなんですから」
どれだけ泣いていたのか分からないが、泣き疲れたシンシャ王女は眠ってしまった。
寝息が聞こえてきたのでクンツァ王太子殿下に視線を投げると、足早に近づいてきた。
「一体何があったんですか?」
「少しお話ししただけですわ。シンシャ王女を滞在される部屋に運ぶのは、護衛騎士の方がよろしいですか?」
ジト目で見られるが、ルチルは笑顔を崩さない。
「私が運びますよ」
「だと思いました」
クンツァ王太子殿下がシンシャ王女を抱きかかえるためには、ルチルとの距離を詰めないといけない。
「肌、綺麗すぎる」とマジマジと見ていると、後頭部がチクチクし始めた。
振り向かなくても分かる。
きっとアズラ王太子殿下の視線が突き刺さっているんだろう。
クンツァ王太子殿下がシンシャ王女を抱きかかえたタイミングで話しかけた。
「側にいて、起きた時に声をかけてあげてください」
「……分かりました」
ポナタジネット国の一団をドアの外まで見送り、部屋に戻ったルチルはソファに倒れた。
「ルチル! 大丈夫!」
「大丈夫です……」
疲れた……
あたしの気持ちが、ちゃんと伝わっていたらいいな。
もう寂しさに溺れている松本珊瑚じゃなくて、心配してくれる人がたくさんいるシンシャ王女なんだよって分かってもらえたら嬉しいな。
でも、どうして迎えにきただろう神様を拒否して、アズラ様がいいってなったんだろ?
アズラ様に固執しているのかなと思ってたのに、そんな素振り一切なかったし。
ソファの前で心配そうにしゃがんでいるアズラ王太子殿下と顔を合わせる。
「オセロはどうでした?」
「勝ったよ」
さすがすぎる!
「ルチルのエスコートがかかっているのに負けないよ」
「嬉しいです」
「ルチルは、その……」
「アズラ様、お姫様抱っこで運んでください」
「喜んで」
軽々とお姫様抱っこをしてくれるアズラ王太子殿下に抱きついて、耳元に口を寄せる。
「ルルルルチル!?」
「何か聞きたいことありますか?」
「ああるけど、やややめて」
「シンシャ王女と喧嘩したとかではありませんよ」
「わかわかってるよ」
「クンツァ王太子殿下のことも何とも思っていませんからね」
「よよよかった」
「大好きですよ、アズラ様」
アズラ王太子殿下の耳にキスをすると、耳が真っ赤になった。
顔も赤いんだろうなと思いながら、首元に顔を埋める。
今日一日張っていた気が緩んだからか、ルチルはそのまま眠ってしまった。
この世界の成り立ち、そして(気づかれている方は多かっただろう)邪竜は誰か?が分かる回でした。
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