5
緊急の四大公爵家会議が開かれている日曜日。
ルチルは、オニキス伯爵令息とアヴェートワ公爵家のタウンハウスに来ている。
転移陣前でシトリン公爵令嬢を、玄関ホールで馬車でやってきたエンジェ辺境伯令嬢を出迎えた。
今日何をするかというと、バレンタインデーのチョコレートを作るのだ。
去年一緒に作るとシトリン公爵令嬢と約束していたので、どうせならみんなでと、エンジェ辺境伯令嬢たちを誘った。
エンジェ辺境伯令嬢は、ジャス公爵令息へのチョコを悩んでいたそうで、とても喜ばれた。
ゴシェ伯爵令嬢やラブラド男爵令嬢は、母親と作るそうだ。
こういう所でも、ゴシェ伯爵令嬢の新しい家族の仲がいいことを知れて嬉しい。
「ルチル様、難しいのは無理よ」
「分かっています。簡単で美味しいものですよ」
シトリン公爵令嬢は「そうよね」と頷いていて、エンジェ辺境伯令嬢は安心したように体から力を抜いている。
「何を作るの?」
オニキス様は、今年も作るんだね。
「ブラウニーです」
「嘘よね? あれ、簡単なの?」
「簡単ですよ。少し失敗しても美味しいんです。あれほど手作りに向いているお菓子はありませんよ」
「私でも作れるのよね?」
「大丈夫です」
ルチルは、シトリン公爵令嬢と並んで作りはじめた。
エンジェ辺境伯令嬢とオニキス伯爵令息も、ルチルの手元が見える位置にいる。
「まずはチョコレートを溶かします」
刃物は危ないからと刻まれていたチョコレートを、湯煎で溶かす。
別のボウルに無塩バターを入れて練り、柔らかくなったらグラニュー糖を入れて、白っぽくなるまですり混ぜる。
溶いた卵を少しずつ加えて混ぜる。
溶けたチョコレートを加えて混ぜる。
薄力粉をふるいにかけながら入れ、さっくり混ぜ合わせる。
「くるみや砕いたアーモンドを入れたかったら、ここで一緒に混ぜてください。チョコチップとかもです」
「ルチル様は、横に置いているオレンジを入れられるのですか?」
「私は上に置きます」
「私も上にナッツを散りばめるわ」
「私は……えー……うーん……」
「俺、そんなことより気になることがあるんだけど」
「何でしょうか?」
オニキス伯爵令息に、ルチルが作っている生地を指される。
「ルチル嬢のだけ重たそうじゃない?」
バレたか!!!
「私の生地は、皆様のよりもチョコレートが多いんです」
「どうしてよ?」
「こちらの方がよりしっとりと言いますか、チョコレート感が強くなるんです」
ちなみに、ベーキングパウダーを入れるとスポンジ感がプラスされるよ。
ガトーショコラとの違いは卵の使い方で、ガトーショコラは黄身と白身を分けてメレンゲにして使うけど、ブラウニーは全卵のまま泡立てずに使うよ。
材料は一緒でも、ブラウニーの方が簡単なのだ。
ルチル、2口メモでした。
「どうして先に言ってくれないの? 俺もそれがよかったよ」
「今から足されますか?」
「もういいよ。俺はチョコチップにするから、ルチル嬢のブラウニーを俺にも頂戴」
はいはい、分かりましたよ。
「私は、味をみてあげるわ」
普通にあげるよ。
「私は、えっと、端っこの処理をします」
いや、端まで捨てるところないから。
ってか、端っこの処理って。
エンジェ辺境伯令嬢の可愛い理由に、我慢できず笑ってしまった。
シトリン公爵令嬢もオニキス伯爵令息も、顔を背けて肩を揺らしている。
真っ赤で焦っているエンジェ辺境伯令嬢に微笑みかけた。
「全員、それぞれ味見をしましょう。好きな方に渡す前の最終チェックですね」
笑っていた2人が軽く頷いたのを見て、エンジェ辺境伯令嬢は大きく頷いていた。
ルチルは長方形の型に生地を流し込み、オレンジピールを上に並べていく。
シトリン公爵令嬢もオニキス伯爵令息も、後は焼くだけだ。
エンジェ辺境伯令嬢だけが、トッピングを見て悩んでいる。
「エンジェ様。ジャス様は、どんなブラウニーでも喜んでくださいますよ」
「はい。優しい方ですので、失敗しても喜んでくださると思います。でも、やっぱり美味しく召し上がってもらいたいんです」
女の子だなぁ。
甘酸っぱい。
「ジャスはレーズンが好きよ」
「そうなのですね。教えてくださりありがとうございます」
「レーズンでしたら、生地に混ぜるよりも下に置かれたらどうでしょうか?」
「そうしてみます」
幸せそうにレーズンを並べ、生地を流し込むエンジェ辺境伯令嬢を、全員で眺める。
料理人たちが焼いてくれている間は、サロンでお茶をした。
「ねぇ、ルチル様、お茶会でできそうな遊びはない?」
「お茶会でですか?」
「そう、単調で面白くないのよ」
お淑やかな遊びってことだよね。
む、むずかしい……
「お化粧やお洒落のお話は?」
「それはいつもしてるわ。マンネリ化してるのよ」
それじゃ、詩歌を作るとか?
後は、管弦とか?
いやいや、どうしてお淑やかで思い浮かぶもの平安時代なの。
「すみません……私にお茶会の遊びの提供は難しいようです」
「まぁ、ルチル様だもんね」
え? 相談してくれたのに?
ひどくない?
「でも、ルチル様のお茶会は趣向が凝らされていて、とても楽しいですよ。真似している子もいるそうです」
そうなの? 頑張っているから嬉しい。
「ただ、第1回目のお花のお茶会の真似は、誰もできないそうですよ」
あれは、リバー特製の魔法陣が必要だからね。
ん? ものすっごい視線を感じるなぁ。
「ルチル様」
だよね。
話すから、圧を引っ込めて。
「どんなお茶会だったのか、詳しく教えて」
エンジェ辺境伯令嬢にアシストしてもらって、どんなお茶会だったか説明をしていく。
加えて、今までのお茶会の話もしていく。
「テーマを決めるのね」
「はい、テーマに沿って会場も作れますから楽なんです。シトリン様は、どのように催しされるんですか?」
「私は普通よ。とにかく流行りのもの、最新のものを取り入れるの。ほとんどのお茶会は、そうじゃないかしら。この国にない珍しいものがあれば、一目置かれたりするから」
マウント合戦の場が多いってことだよね。
お茶会呼ばれても行かないからなぁ。
今は色々言い訳ができるけど、卒業したら行かなきゃだろうしね。
聞けてよかった。
「よろしければ、お花のお茶会されますか?」
「いいの?」
「はい、シトリン様は特別ですから」
「そ、そうよね! ありがたく使ってあげるわ!」
あらあら。あたしの言葉でも、まだ恥ずかしかったか。
あ、3月の外遊の接待時にも使おうかな。
どこまで我儘な子が来るのか分からないけど、あれには文句言えないでしょ。
ブラウニーが焼き上がったら呼んでくれると思っていたのに、型から外し、切り揃えた状態で呼ばれた。
チョコレートの刻みと同じで、刃物は危ないからとのことだった。
タウンハウスの料理長は心配性だなぁと苦笑いしそうだったが、それが普通だったわと思い直した。
みんなで順番に食べ比べ、それぞれの味を楽しんだ後、全員でハイタッチをして出来栄えを喜んだ。
いいねやブックマーク登録、誤字報告、感想ありがとうございます。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。




