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夜になり、部屋にシトリン公爵令嬢がやって来た。
「今日は、キャワロール男爵令嬢が来られます」
「は?」
何を言っているのよ? って顔で語っている。
「あなた、それアズラ様に話したの?」
「いいえ」
絶対止められるもの。
「オニキスに口止めしたの?」
「いいえ」
オニキス様は、なぜかアズラ様に報告しなかった。
もしかしたら、今日の報告事項として、今頃しているかもしれないけど。
怒られたけど止めなかったってことは、会っても問題ないと判断したんだと思う。
「あの子は何をしに来るの?」
「お願いがあるそうです」
「そう、分かったわ」
シトリン公爵令嬢が力強く頷いている。
何に気合いを入れているんだろうと首を傾げていたら、ノックが聞こえた。
ドアの前にいたキャワロール男爵令嬢を招き入れ、お茶とお菓子を用意する。
「それで、お願いとは何でしょうか?」
「私を専属侍女として雇ってください。光の魔法使えますからお得だと思うんです」
アズラ王太子殿下関係のことかと思っていただけに、全く違う話で言葉を飲み込めない。
「あなた、ルチル様を嫌いでしょ?」
「嫌ってませんよ」
「嫌いじゃないの? あなたが好きなアズラ様の婚約者なのよ」
「まず前提として、私はアズラ殿下を好きじゃありません」
いや、ちょっと待って。
理解が追いつかない。
「何を言っているの? 好きだから付き纏っているんでしょ?」
「結婚したいからアプローチしているだけです。でも、王妃になれそうにないので、王妃付きの侍女になりたいんです」
「意味が分からないわ。王宮に住みたいってこと?」
「そうです」
そうです?
「どうして王宮に住みたいのですか?」
「簡単な話ですよ。神殿に住みたくないんです」
なるほど。分かるわー。
「聖女って甘やかしてもらえるからいいじゃない」
「あんなの表面上だけですよ。どこから話そうかな?」
お菓子を食べながら悩んでいるキャワロール男爵令嬢に、ルチルとシトリン公爵令嬢は横目で視線を合わせた。
「私、本当に可愛がられて育ったんですよ。小さい時から光の魔法の使い手だろうから王妃になれるって、ずっと言われてきたんです。両親はものすごく愛してくれました」
光の魔法の使い手は、王宮か神殿に行く決まりだもんね。
「でも、その愛も10才まででした」
え?
「洗礼式の後からは用無しにされて、神殿に預けられたんです。全く理解できなくて泣き続けました」
はぁ? ここにもクソがいたのか!?
「神殿での生活は最悪で、硬いベッドに殺風景な部屋、美味しくない食事ですよ。どうにか家に帰りたくて、必死に魔法の勉強をしました。治癒を使えれば、両親は迎えにきてくれると思ったんです。でも、使えるようになっても両親は来ませんでした。両親が愛していたのは私じゃなくて、王妃になれる子供だったんです」
つら……辛すぎる……
「だから、王妃になろうと必死なの?」
「そうですよ。もうあの地獄に戻りたくないんです。成人すると更に地獄になりますから」
「どういうこと?」
「神官の夜の相手をさせられるんですよ」
シトリン公爵令嬢が顔を歪ませた。
嫌悪感が、体全体から溢れ出ている。
「あれ? 知らなかったんですか?」
「いえ、私は知っていました」
「そうですか。自分は神殿に行かないから、他の光の魔法の使い手がどうなってもいいと思ってたんですね」
「あなたね!」
「シトリン様」
立ち上がる勢いで怒り出したシトリン公爵令嬢を止めた。
キャワロール男爵令嬢の言うことは最もだ。
そんなつもりはなかったが、知っていたのに何もしなかったんだから、そう思われても仕方がない。
むしろ、自分がキャワロール男爵令嬢の立場なら、恨んでしまっていたかもしれない。
「私、間違ってますか?」
「いいえ、間違っていません」
「ちょ! ルチル様! 何もしていなくないでしょ! 神殿潰そうとしているじゃない!」
「シトリン様!」
シトリン公爵令嬢の口を隠したが、もう遅い。
キャワロール男爵令嬢は、クッキーを咥えたまま固まっている。
「ごめんなさい……父からは内緒だって聞いていたのに……」
おおーい! ぽんぽこ狸!
内緒だよって、教えていい内容とダメな内容があるだろー!
「私が聞き出したの。ルチル様とアズラ様の力になりたいって。だから、父を怒らないで」
身を縮めて小声で謝るシトリン公爵令嬢に怒る気にはなれず、背中を優しく撫でる。
「私を想って言ってくださったことですから、怒るに怒れませんよ。でも、今後は絶対に言ってはいけませんよ。シトリン様に危害が及ぶのは嫌ですからね」
「私だって四大公爵家の娘よ! 大丈夫よ!」
「いいえ、ダメです。私には常にオニキス様がいますが、シトリン様は1人になることもあるでしょう。お願いですから、危ないことはしないでくださいね」
唇を噛みしめて、手を握りしめているシトリン公爵令嬢の手を握り、キャワロール男爵令嬢に視線を戻した。
「今の話は聞かなかったことにしてくれませんか?」
本当に神殿を嫌っているのかもしれないけど、味方かどうかは分からない。
今の話が、全部作り話の可能性だってある。




