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怪我人を一箇所に集めてもらい、お礼を口にしながら手当てをした。
みんなが誇らしげに笑っている顔から、大切にされていることが伝わってきて泣きそうになる。
別邸が襲われると予想していた。
戦わないように言ったが、きっと戦うんだろうなと思っていた。
ジャス公爵令息に注意されなくても、ルチルが何を言おうが、ルチルを守るためにみんな行動するって分かっていた。
分かっている。もうちゃんと分かっている。
騎士とは、どういうものか。
自分は守られる立場で、みんなは守る立場なのだと。
怪我をしてほしくないと思っていても、向こうから攻めてくるのならば戦ってもらうしかないと。
だから、自分はみんなに攻める戦いをさせないようにと思っている。
戦うのなら、侵略や奪取じゃない。
大切な人やモノを守る戦いのみをさせるんだと。
ルチルは、今回みんなが怪我をすることを知っていても、同じ行動をしただろう。
自分の居場所が分からないことで敵を翻弄できるし、アズラ王太子殿下のことが心配だから側にいない選択肢はない。
でも、やっぱり苦しいし、しんどい。
この気持ちは忘れてはいけないものだ。
みんなに守りたいと思ってもらえる主君になることに、必要なものだと思っている。
守ってもらえることに感謝し、戦い以外ではみんなを守る人間でありたいと思っている。
騎士たちの手当てが終わり、部屋で弟とお茶をすることにした。
オニキス伯爵令息は目を閉じて、穴が開くほど見てくるジャス公爵令息と目を合わさないようにしている。
何が起きているのか教えてほしいと訴えられているのだ。
ルチルも我関せずに黙秘を貫いている。
ジャス公爵令息の視線がルチルに向きかけた時に、祖父とケープが部屋にやってきた。
祖父がケープを連れて賊のところに行ってしまったので、ケープだけ怪我を治せていない。
「ケープ、すぐに怪我を治そう」
「私の怪我まで治療されなくてもよろしいです」
「ダメだよ、ダメ。ケープの顔に傷なんて残せないよ」
本当に、どこのどいつだ!
そいつの顔をギッタンギッタンにしてやる!
「ありがとうございます。今後は、ルチル様のお手を煩わせないように精進いたします」
「これくらいなんてことないから、ほんの小さな怪我でも言ってね」
ケープに傷が残るのは、あたしが耐えられないから。
ケープは、あたしの推しNO.2だから。
ケープの怪我を治すと、深くお辞儀された。
ルチルは綺麗な顔を拝めて、心に温かい風が吹いた気がする。
「ルチル、私は騎士団長と王宮に行ってくる。ついでに賊も引き渡してくる」
「何か分かったんですか?」
「ああ、数人神官だった。歯に仕込んでいた毒で自殺を図ろうとしたそうだが、その前にケープが気づいて全員から毒を抜き取っていた」
ケープ、優秀すぎでは?
執事長って、そこまでできるものなの?
「それに身ぐるみ剥がしていて、神官たちの見えた肌には魔法陣が書かれていた。たぶん転移のものだろう」
「もしかして……」
「魔法陣は書き写した後、発動しないように上からバツを書き足しました。どこにでもあるインクで助かりました」
いや、ケープさん……ここの執事長におさまっていい人物じゃないよね?
「神殿の尻尾を掴めたということですね」
「他の神官は関与していないって言い張りそうだがな。でも、追い詰めることは可能だ。神殿内の捜索もできるだろう」
「これで解決してくれればいいですね」
「そうなるように努力しよう」
祖父に頭を撫でられたので、お返しに強く抱きついた。
祖父が強いことは分かっているし、潰さなければ、このイタチごっこが終わらないことも分かっている。
でも、危険を冒してほしくない。
騎士たち同様に、怪我をしてほしくないという気持ちがある。
「お祖父様、全てが片付きましたら、私が結婚するまで一緒に住みましょうね」
「ああ、毎日一緒にいよう」
「小さい時みたいに毎日一緒ですからね」
祖父が柔らかく抱きしめ返してくれ、頬にキスをし合った。
守ってくれる家族に返せるものなんて、何もない。
祖父たちは何かを返してほしくて守ってくれているわけじゃないと分かっているが、守られているだけでは心苦しくなる。
だってルチルに前世の記憶がなく、神様に愛されなければ、家族を巻き込まずに済んでいたんだから。
ルチルに返せるものなんて、ルチルだけだ。
タンザとモリオンの孫で、アラゴとタイチンの子供で、ミソカの姉のルチルだけが、家族に愛情を返して喜んでもらえる。
精一杯の愛を返していこう。
守ってもらっているからじゃない。
ルチル・アヴェートワとして生きていることは、家族から愛されていることは、かけがえのない宝物をもらい続けているということだから。
たくさん悩み、たくさん苦労し、たくさん心配した日々だったが、自分がこれから何をしていくべきか再確認できた事件だった。




