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予定されている残り数日の野営の指示をポニャリンスキ辺境伯と第一騎士団副団長に任せ、ルチルやアズラ王太子殿下たちは一足先にポニャリンスキ城に戻った。
エンジェ辺境伯令嬢は、ルチルの姿を見ると泣き出し、無事を喜んでくれた。
誘拐犯は、ここには現れなかったそうだ。
そのことにルチルは安堵した。
ポニャリンスキ辺境伯家で1泊し、明日王宮に戻る。
すぐに四大公爵家会議を開くそうだ。
話し合う内容は、今回の魔物の量や襲撃内容。
ミイラの死体に、神殿の協力者の話。
そして、アズラ王太子殿下が作った薬のこと。
魔物の血の怖さを周知させるかどうか悩んだが、魔物の血を悪用されると困るので、はじめから発表しないことにしていた。
ただ真実を知る者が少なすぎると、もしもの時に対応できなくなる。
どうしようと頭を悩ませている時、興味本位で薬を食べたミルクが『これならば、他の魔物の血であっても相殺できるだろう』と教えてくれた。
それならば、薬の調合や管理はスミュロン公爵家にしてもらい、騎士団の栄養剤ということで今後も魔物討伐時には飲んでもらうことにすればいい。
だから公爵たちには、魔物の血と薬の内容を発表し、栄養剤にする理由も話すことにしている。
疑問を持たれるだろう魔物の血が劇物になると分かった理由は、魔物討伐の訓練を繰り返す中で分かったことだと説明することになっている。
これらは全てアズラ王太子殿下の仕事だ。
ルチルは、アズラ王太子殿下を労うことしかできない。
ポニャリンスキ辺境伯家では、夜中にこっそりアズラ王太子殿下の部屋に行き、2人で引っ付きあって眠った。
ポニャリンスキ辺境伯のタウンハウスで、アズラ王太子殿下たちと別れた。
ルチルにはオニキス伯爵令息だけではなく、一時的にジャス公爵令息もつくことになった。
アンバー公爵令嬢が知ったら発狂するだろうなと思ったが、誰も口にしなかった。
そして、アヴェートワ公爵家タウンハウスで、祖父とミソカに父からの手紙を渡した。
たぶん、今回のことが書かれているのだろう。
祖父の顔が、段々と鬼化していく。
「お姉様! どうして言ってくれなかったのですか! 僕だって、お婆さんから剣をいただいているんですよ!」
そうだけど、姉は自分の体より弟の体の方が大切なのよ。
「ミソカの言う通りだ。言ってくれてよかっただろう」
「ごめんなさい。でも、私を想って動いてくれる方は少ない方がいいと思ったんです」
「私たちも監視されていると?」
「はい、私はそう思っています。ジャス様が、タウンハウスの様子を窺っていた人たちがいたと仰っていました」
ジャス公爵令息が頷いている。
「2人がどこにいるのか、調べに来たんだと思います。私の周りは手薄の方がいいでしょうし、2人が移動するならば私も移動すると予測したかったんだと思います」
「ルチルの言い分は分かるが、それならばそうと言ってくれないか。後から危険なことをしていたとは知りたくはない」
「ごめんなさい。今後は全て先に話します」
「そうしておくれ。無事で本当によかった」
祖父と弟から抱きしめられ、ルチルからも抱きしめ返した。
キルシュブリューテ領に戻るならと、祖父と弟はついてくるそうだ。
弟が来ると分かったミルクは、弟の頭の上に飛び移っていた。
移動途中の本邸は穏やかに時間が過ぎているようで、母も祖母も平和に過ごしている雰囲気だった。
そして、キルシュブリューテ領に移動したルチルは叫びそうだった。
「ケケケープ、かかかかお……」
「この傷ですか? 賊の剣が掠ってしまいまして、お恥ずかしい限りです」
いやー! ケープの綺麗な顔に大きなガーゼがあるー!
傷跡、残らないよね!?
他には怪我していないよね!?
「相手しなくていいって言ったよね」
「はい。でも、捕まえられそうでしたので捕まえました」
へ? 捕まえた?
めっちゃ涼しい顔で、爽やかに言われてるんだけど……
「カーネと騎士団と協力しまして、25人捕まえています」
25人? そんなに来たの?
カーネを見ると、達成感に満たされている顔をしている。
「よくやったぞ、ケープにカーネ」
「恐縮です」
「誰も大怪我していないよね?」
「はい。みんな、切り傷くらいです」
いやいや、切り傷も大怪我だからね。
早く治してあげよう。
3話投稿します。




