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「ルチルちゃん、すごいね。全員治しちゃったよ」
「あはははは」
オニキス様から魔力もらってなかったら倒れていたよ。
誰も腕や足がないなんてことなくて、本当によかった。
顔半分切られた人の失明まで治せた時は、あたしも声を出して周りと一緒にはしゃいじゃった。
ものすっごく疲れたけど、みんなが笑顔になってくれてよかった。
騎士団のおかげで、街は平和なままだよ。
ありがとう!
「栄養剤、飲んでない人いませんかー?」
「全員飲んだみたいだよ」
「分かるんですか?」
「薬を渡した数を数えてたし、チャロから遠征の人数を先に聞いていたからね」
あっぱれです、オニキス様。
薬を錠剤で作ってくれたアズラ様にも、頭は上がらないけどね。
空間魔法の鞄で運ぶにしても、液体よりも錠剤のほうが持ち運びに便利だろうということで錠剤になったんだよね。
もし、液体じゃないと飲めなさそうな人には、薬を砕いて飲ませればいいんだしね。
ルチルが大きな石に腰掛けて休憩していると、森の中を見回っていたアズラ王太子殿下たちが戻ってきた。
すぐさま、ルクセンシモン公爵が駆けてくる。
「森の中は、どうでしたか?」
「魔物の姿は無かったよ。もう大丈夫。ただ……」
「なんでしょう?」
「ミイラになった死体が7体あった。調べて身元が分かればいいんだけど」
ルドドルー辺境伯と同じ……
持っている魔力以上の魔力を使った結果……
魔法陣による魔物の襲撃……
たぶん、魔物呼び寄せの魔法陣を使った人が、ミイラになるんだろう。
相当な数の魔法陣を同時発動するんだから、魔力なんてすぐになくなる。
もしかしたら、途中で止めようと思っても止められないのかもしれない。
ルドドルー辺境伯には、魔法陣が描かれていた。
あの魔法陣が、勝手にルドドルー辺境伯の魔力を使う魔法陣だったんじゃないかな。
はぁぁぁ、どれだけ魔法陣に長けているのよ。
天才を通り越していて怖いわ。
「皆様、難しい話は後にして、まずは休憩しましょう。街の人たちに安全を伝えても大丈夫そうですしね」
「うん、きっと街の人たちも首を長くして、料理と共に待ってくれているだろうしね」
可笑しそうに笑いながら言ってくるアズラ王太子殿下に、ルチルはわざと拗ねてイチャつこうとしたが、早めに父にまた咳払いをされてイチャつきタイムは叶わなかった。
ちょっとした宴会騒ぎになった食事中、ルクセンシモン公爵とポニャリンスキ辺境伯が楽しそうにお酒を交わしている姿に、ルチルの頬に笑みが溢れる。
両家の仲がいいことは嬉しいものだ。
子供たちは安心して結婚できる。
ジャス公爵令息とエンジェ辺境伯令嬢は、もう大丈夫だろう。
アズラ王太子殿下の薬が効いているようで、誰1人として体調不良を訴えていない。
時間と共に少しずつアズラ王太子殿下の肩の力が抜けていく姿に、ルチルはアズラ王太子殿下の頭を撫でまわした。
食事が終わり、ルクセンシモン公爵の軍幕で、縄で簀巻きにされている騎士の尋問が始まった。
ルチルは中に入れてもらうことができず、オニキス伯爵令息と大人しく第一騎士団副団長の軍幕にいる。
「あ!」
「どうしたの?」
「エンジェ様とジャス様にポテトチップスを渡し忘れました」
「俺、食べるよ」
「賞味期限が怖いですし、食べましょうか」
『我も食べる』
鞄からポテトチップスを出すと、オニキス伯爵令息とミルクは仲良く分け合いはじめた。
1人と1匹は、本当は兄弟じゃないの?
よく似てるわ。
「誘拐犯は、どうしているんでしょう」
「追いかけては来ないみたいだね。それとも、捕まえたのかな」
「誰も怪我してないといいんですけど」
「そこは祈るしかないね」
こんな時に携帯があればなぁ。すぐに確認できるのに。
と思うけど、携帯の作り方知らないし、こんなものがって提案もしないよ。
手紙文化、素敵だもの。
2時間くらい経っただろうか。
アズラ王太子殿下とチャロがやってきた。
父とルクセンシモン公爵は、まだ話し合っているらしい。
捕まえた騎士の言い分は、家族を人質に取られていて仕方なく協力したとのことだった。
脅してきた相手は、神官だったとのこと。
その神官を捕まえられたらいいが、アズラ王太子殿下が怪我をしたという情報操作は今からでは無理だから、体の一部を引き渡す予定だった現場には現れないだろうとのこと。
それでも取引予定現場には、父とルクセンシモン公爵が行くらしい。
騎士の家族が心配だが、どこに捕らえられているのか見当もつかない。
それにその騎士は、アズラ王太子殿下に向かって何も投げていないそうだ。
となると、少なくとももう1人、神殿の協力者がいることになる。
ルクセンシモン公爵は、アズラ王太子殿下に向かって土下座をしたらしい。
第一騎士団から裏切り者を出してしまった謝罪をしたそうだ。
魔物退治が大成功で終わった晴々しい気持ちを嘲笑うかのような結末に、誰もが心を重くした。
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