89 〜 アズラの努力 2 〜
明け方に襲撃があるから早く眠らないといけないのに、全く眠くならない。
軍幕の外に出て、星空を見上げた。
ルチルは、こっちに向かってきている。
上手く転移陣で移動できたようでよかった。
無事に野営地に辿り着いてほしい。
目を閉じ、心を落ち着かせようとした。
ルチルは、順調に移動している。
僕も薬を持って、今ノルアイユ地区にいる。
計画通りに進んでいるのに、どうしてこんなにも胸がざわつくのだろう。
きっと去年のルドドルー同様に、森には魔法陣があって魔物が放たれるはずだ。
夕方に見た時には確かに凶暴化していたが、数はそこまで多くなかった。
それなのに大量発生するんだから、間違いなく魔法陣だ。
去年のルドドルー領では、想定以上の魔物の数に慄いた。
大きな被害なく勝てたのは、戦う前に魔物の数が多いと分かっていたからだ。
今回は、はじめから魔物の数が多いと想定して、大所帯でノルアイユに来ている。
戦争時の軍隊並みの数じゃなければ、街への被害はないだろう。
うん、全てに対応できてる。
それなのに、しこりが残る。
なんだろう、これは。
もし、僕が相手側だったら、どう行動する?
きっとルドドルー領の魔物の数は、僕たちがルドドルー領に行くと分かったから増やしたに違いない。
そして、今回も増やしてくるだろう。
でも、増やしてくるだけかな?
僕なら……
僕なら時間を変える。
バレているかもしれない時間を、変えるはずだ。
きっと、そうだ!
このままじゃダメだ!
今すぐ、みんなを叩き起こさなきゃ!
急いで軍幕に戻ろうとしたが、入口にチャロとアヴェートワ公爵が立っていた。
どうやら見守られていたようだ。
僕は思いついたことを2人に伝え、ルクセンシモン公爵や騎士たちを「魔物の気配がする気がする」と、曖昧な表現で申し訳なかったが起こした。
そして、予定よりも1時間早めに準備ができた時に、前線から声と煙が上がった。
配置は、予定よりも横に広げてもらっている。
森の隅々に魔法陣があるのなら、森の横幅いっぱいに騎士がいないと困るからだ。
左右遠くからも、戦っているだろう音が聞こえはじめた。
配置を横に広げて正解だったと安堵したが、すぐに気を引き締める。
雪崩れ込んできた魔物たちを氷魔法で足止めし、剣で切りつけながら、魔物の核がある心臓部分を貫いていく。
さすがは、お婆さんの剣だ。
軽いし、切れ味もいい。
体の一部みたいに振り回せる。
戦いながらも、ルクセンシモン公爵の場所は把握しておく。
斑点の魔物は、まだ見当たらない。
おかしい。
魔物の数が、増えも減りもしない。
ずっと一定数いる気がする。
辺りを見回すと、斑点の魔物ばかりになっていた。
そうか! 一定数ずつ呼び寄せているんだ。
持久戦に持ち込むつもりなんだ。
向こうの魔物が尽きるか、僕たちの体力が尽きるか。
負けるもんか。
血が体につかないように手袋もして、皮膚が出ている部分は顔だけにしている。
それでも、飛び散る血を避けて戦うのは難しかった。
周りのほとんどは、血を浴びてカラフルになっている。
魔物の血は、魔物によって違う。
まるで、僕たちの瞳の色のようだと思う。
せめてこの色の血にはと、注意できないことが歯痒い。
みんなが倒れる前に、戦いを終えなければ。
斑点の魔物が折り返し地点だったようで、やっと魔物の数が減ってきた。
肩で息をしながらも、返り血で全身血だらけのルクセンシモン公爵を盗み見る。
まだ元気に動いている。
もう少しだ。みんな、もう少しだけ耐えてくれ。
視界の隅から、勢いよく何か飛んできた。
顔にぶつかると思って、剣で弾こうとしたが弾き飛ばせず、剣に付着した。
なんだ? この緑色の物体は?
スライム?
プルルンとした緑色が、赤黒くドロドロとしたものに変わっていく。
危険だと思った時には爆発していた。
「殿下!!」
アヴェートワ公爵の叫び声が、響き渡った。
アヴェートワ公爵が本気で心配してくれたのは、初めてじゃないだろうか。
みんなを動揺させて心配をかけてしまっただろう状況なのに、少し頬がニヤけてしまった。
爆発で発生した煙で何も見えないから、早く無事だと伝えなければ。
「僕は生きている!!!」
どこまでも届くように声を張り上げた。
危なかった。
咄嗟に防御壁を作れてよかった。
腕が落ちるという話を聞いていなかったら、きっと防御壁は間に合っていなかった。
腕が危ないと思ったから、作ることができたんだ。
でも、作れていなかったとしても、剣を手放していれば怪我をするくらいだっただろう。
煙はすごいが、そこまで威力があるものじゃなかった。
煙の流れが変わった気がして、爆発前に地面に突き刺した剣を引き抜き、体を守るように剣を構えた。
構えた時に、魔物の長い爪が剣に当たった。
構え遅れていたら、右腕を失っていた。
魔物の爪を弾き返し、もう1度振りかざされた爪を、魔物の腕を切ることで防いだ。
そのまま首を落とし、胸を貫く。
煙が晴れていくと、近くにアヴェートワ公爵とルクセンシモン公爵、そして第一騎士団の軍服を着た騎士が1人いた。
ああ、ここにも協力者がいたのか……
騎士が晴れていく煙の中で、地面を数回見ていた。
そして、その後に僕の体を確認した。
僕の血が欲しかったんだろう……
戦いの合間に落ちた体の一部を盗むように言われていたに違いない。
辛いが、今は魔物が先だ。
無事を確かめるために駆けつけただろうチャロに目線だけで男を捕まえるように指示をし、目の前の魔物を片付けていく。
アヴェートワ公爵の声は、軍幕まで届いていたようだ。
ルチルに聞こえていなければいいが。
騎士団のほとんどが魔法を使えなくなる頃、長い戦いは終わった。
もう陽は登り、明るい。
「殿下、無事でよかったです。もしもがあれば、ルチルに絶縁されるところでした」
僕の心配よりも絶縁の心配なんだからなぁ。
でも、そういう言葉が、戦いが終わったと実感させてくれる。
後は薬だ。
「殿下は強くなったと思っていましたが、もう私の代わりに騎士団を任せられるくらいですね」
「褒めてくれて嬉しいよ。ルクセンシモン公爵、どこか体調に変化ない?」
「これは全て返り血ですので、ご心配なく。小さな傷ばかりです」
まだ元気そうに見える。
いつ発症するんだろう。
騒めきが聞こえたので顔を向けると、静かになったからか、街の人たちが様子を見に来ていた。
ダメだ。どの血かなんてもう分からないけど、魔物の血に近づけてはいけない。
「ノルアイユの皆様、アズラ王太子殿下並びに第一騎士団、ポニャリンスキ騎士団の活躍により、夥しい数の魔物は一掃されましたが、まだ危険があるかもしれません。安全が確認されるまで、街から出ないようにお願いします」
ルチルの声だ。
どこから聞こえてくるんだろう。
風? オニキスの魔法かな?
「安全の確認が取れましたら、お声がけをさせていただきます。その際に食事を提供していただけたら、騎士の皆様は喜ぶと思われます。よろしくお願いします」
小さな笑いが起き、街の人たちは笑顔で戻っていってくれた。
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