87
よし! 出発しよう!
夜中になり、簡素なワンピースにローブを身に纏った。
フードで顔を隠し、裏口に回る。
「ミルク、本当についてくるの?」
『当たり前だ』
当たり前なの?
来てもいいけどさ。
ミソカといてもらった方が安心なんだけどな。
「ルチル嬢もミルクも、絶対に離れないでよ」
「はい」
『分かっている』
裏口には、ケープとカーネが立っていた。
「ルチル様、お気をつけください」
「ありがとう。ケープとカーネに面倒事押し付けてごめんね」
「問題ございません。必ずや遂行いたします」
「2人共、気をつけてね」
2人には、あたかもルチルが邸にいるように振る舞ってもらう予定だ。
カーネがいれば、現実味が増すだろう。
もし、誘拐犯が来たのなら、戦わなくていいと伝えている。
どこにいるか聞かれたら、正直に答えるようにも言っている。
追い返すだけでいいのだ。
邸のみんなが怪我をする必要はないのだから。
捕まえるのなら、騎士団が簡単に捕まえられると判断した時だけするようにと話している。
裏口で2人と別れ、転移陣でアヴェートワ公爵家本邸、そしてタウンハウスへと移動する。
タウンハウスの使用人出入り口から外に出ると、曲がり角で身を隠すように、ジャス公爵令息が2頭の馬と待ってくれていた。
「ジャス様、お待たせいたしました」
「そこまで待っていない。しかし、早く移動した方がよさそうだ」
「何かあった?」
「さっきまで、何人かタウンハウスの様子を窺っていた」
「分かりました。急ぎましょう」
ルチルは、オニキス伯爵令息の前に乗ることになっている。
馬の足音が大きく響かないように少し先まで歩かせ、そこから一気に駆け出した。
誘拐はノルアイユ地区が襲われる明け方と思っていたが、夜中に行いたいのかもしれない。
朝起きた時にいなければ騒ぎになり、ノルアイユ地区の襲撃対応を遅らせることができると思ったのかもしれない。
でも、どうしてタウンハウスの様子を窺っていたんだろう。
後で考えるとして、今は用心した方がよさそうだ。
ポニャリンスキ辺境伯家のタウンハウスの使用人出入り口の前で、不安げなエンジェ辺境伯令嬢が待ってくれていた。
今回は馬ごと移動するので、そのまま転移陣まで移動する。
慎重に息を殺しながら、静かに転移陣でポニャリンスキ領まで移動できた。
「ジャス様、エンジェ様、ありがとうございます」
「ルチル様が今無事で、本当によかったです」
ありがとう。巻き込んでごめんね。
「早く邸に行きましょう。私の部屋を使ってください」
「いいえ。私は、これからノルアイユ地区に向かいます」
「今からですか?」
「はい。移動を続けた方が、どこにいるのか分からなくなりますから」
「それならば、俺も行こう」
「ジャス様には、エンジェ様の近くにいてほしいのです」
「家には兄たちも騎士団もいるはずですので、私は大丈夫です」
「いいえ、キルシュブリューテ邸の者たちに、私の居場所は正直に話していいと言っています。怪我をする必要はありませんからね。それは、エンジェ様もエンジェ様のご家族も騎士団も同様です。もし追手が来た場合は、素直にノルアイユ地区に向かったと仰ってください」
「ルチル嬢。言葉を返すようで悪いが、ルチル嬢を守るためにきっと騎士団は行動をする。でなければ騎士の意味がない。そして、俺は殿下の護衛騎士だ。殿下がいない今、ルチル嬢を守るべきだ」
うん、ジャス様の言いたいことは分かる。
でも、今はその話を話し合っている時間はない。
「ジャス様、ここは学園ではありませんわ。それに、私に考えがあります。ですので、エンジェ様を守ってください。私を手伝ってもらって怪我させたら、私は一生後悔します。お願いします」
「いや、エンジェ嬢も言っ一一
「ストップ。ルチル嬢、時間がかかりすぎ。さっさと行くよ」
「はい。オニキス様、行きましょう」
一旦降りていた馬に飛び乗ったオニキス伯爵令息に、引っ張り上げてもらう。
「ジャスはエンジェ嬢を守ってあげて。敵さん、殿下と互角でマジで強いから油断するなよ」
「戦ったことあるのか?」
「死にかけたよ」
「俺は知らないことが多すぎるようだ。戻ってきたら全部教えてくれ」
「殿下が許したらな」
どう粘っても一緒に行くことは許してもらえないと分かってくれたようで、最後は静かに見送ってくれた。
「ルチル嬢、本当に策なんてあるの?」
「ありませんよ。ジャス様に諦めてもらうためと、エンジェ様に少しでも安心してもらうための嘘です」
「だと思った。夜明けまでに着くようにスピード上げるからね」
「お願いします」
ルチルは舌を噛まないように、もう何も話さなかった。
休憩を数回挟み、明け方前にノルアイユ地区付近までやってきた。
ルチルが身を隠す場所は、アズラ王太子殿下と父の軍幕ではない。
ルチルが身を隠す場所は、ルクセンシモン公爵の軍幕になる。
ルクセンシモン公爵には、アズラ王太子殿下から話をしてもらっている。
『魔物臭いな』
「え? ここも襲われるの?」
『いや、風に乗って流れてきている。もう襲撃されていてもおかしくない』
ミルクが言い終わるやいなや、前方に煙が上がった。
かすかに爆発音が聞こえてくる。
「ルチル嬢、野営地も街も混乱していると思う。その隙に入り込むよ」
「はい、頑張ります」
「頑張らなくていいから言うこと聞いて」
「……分かりました」
アズラ様、お父様、無事でいてください。
そして、ルクセンシモン公爵、絶対に死なないでください。
アズラ様が作ってくれた薬が効きますように。
いいねやブックマーク登録、誤字報告、感想ありがとうございます。
読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。




