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アヴェートワ商会のレストランで遅めの昼食を取り、街の広場にやってきた。
「ルチル嬢、説明してほしいんだけど」
「少し散策したいだけですよ」
「それがダメだって、どうして分からないの? 戦えるの俺とミソカだけで、何かあったらどうするの?」
分かってるよ。
でもね、神様に会うのにゾロゾロ引き連れられないのよ。
それに、クンツァ殿下の言うことを信じるなら、年末の魔物騒動までは何もされないってこと。
今じゃなきゃ神様に会いに行けないの。
「大丈夫ですって。私も戦いますし」
「本当に危機感なさすぎる。帰ったらお説教だから」
甘んじて受けさせていただきます。
広場から辺りを見回して、数分後にさっきまでなかったはずのお店が現れた。
足取り軽く、古びたお店に近づいていく。
「待って。あの店に入ろうとしてる?」
「はい」
「なんでそう危険なことをしようとするの?」
「大丈夫ですから」
ルチルの腕を掴んで止めたオニキス伯爵令息の顔が、怒りで満ちていく。
「お姉様。もしかして指輪のお婆さんのお店ですか?」
「ええ、そうよ」
「え? そうなの? もしかして会いに来たの?」
「はい。アズラ様に何かいい武器はないかと思いまして」
「だったら、はじめから言ってよ。怒って損した」
話すかどうか迷ったんだけどね。
アズラ様に報告されたら、アズラ様も一緒に行くって言い出すと思ったから。
ただでさえ忙しいんだから、あたしの予定に合わせる時間があるなら、その時間は休憩してほしいのよ。
「僕、会ってみたかったんです。嬉しいなぁ」
ミソカは、きっと気に入ってもらえるよ。
だって、ミルクはミソカに懐いているもの。
ドアを開けると、前回同様、外見からは想像できないほど店内はとても明るく、綺麗で埃一つない。
でも、今回はアクセサリーではなく、剣が壁に並んでいる。
「アクセサリーショップじゃなかった?」
「はい、そうでした」
「あ! ミルク!」
弟の頭の上に乗っていたミルクがジャンプして、接客用のカウンターに向かって走り出した。
追いかけると、奥から気配もなく魔女のようなお婆さんが現れた。
「久しぶりじゃのう」
「お婆さん、お久しぶりです」
「中々会いに来んから、忘れられたのかと思ったわい」
「忘れるなんてありませんよ。色々衝撃強かったですから」
お婆さんが、足元で戯れているミルクを抱き上げた。
「お主、毛並みがよいな。贅沢しておるんじゃろ」
『お菓子食べ放題です』
ミルクが敬語使ってる。
神様だと思ってたけど、聞く前に確定しちゃったよ。
「お婆さん!」
「ん? 坊主はルチルの弟じゃな。なんじゃ?」
「指輪、ありがとうございました。本当に助けてもらっています。ありがとうございます」
頭を下げるミソカの頭を、お婆さんは優しく撫でた。
「いい子じゃなぁ。どれ、坊主。欲しい剣はあるか?」
「いいんですか!?」
「よいよい」
「私もアズラ様の剣が欲しいんです」
「そうじゃったな。あの剣は危ないからのぅ。いい判断じゃ」
え? あの剣は危ない? なんで??
「あの剣は、そろそろ寿命じゃ」
そうなの?
剣のことは分からないけど、お婆さんが言うんだから間違いない。
理由が必要で、適当に武器て言っといてよかった。
「そこの坊主も選んでよいぞ」
「俺もいいの?」
「よい。それと、夢で会いたい人に会える薬もやろうのう」
オニキス伯爵令息の顔が強張ったが、一瞬のことで、もう笑っている。
「ううん、剣だけでいいよ。ありがとう」
「いいんですか?」
「うん、いいんだよ。夢で会ったら余計に会いたくなっちゃうからね」
店内の剣をミソカと見て回るようで、背中を向けられた。
2人は、順番に見ていくようだ。
「して、ルチルよ。もう自由に話してよいぞ」
「え?」
「わしらの声は、残りの3人に届いたとしても、何を話しているか理解できん。楽しく話してるぐらいの認識じゃ」
さすが神様。すごい。
「その姿って、仮の姿ですよね?」
「そうじゃ」
「本来の姿は、アズラ様にそっくりで間違いないですか?」
「正確には、大人になったアズラじゃがな」
「サンゴ・マツモトは、転生していますよね」
「そうじゃな。それが、最後の望みじゃったからな。我らが封印したのは、我が与えてしまった力のみじゃ」
「わがままを全部叶えるほど愛していた人に、どうして会いに行かないんですか?」
「わしは振られたんじゃよ」
はいー!?
「え? ま、まさか……」
「想像通りじゃ」
「いいんですか? それ……」
「いいも悪いもあらぬ。仕方ないじゃろ」
「よくそんな人好きでしたね」
「みんな、わしを崇めてはくれるが、感情をぶつけてはくれぬ。ころころ変わる表情が可愛かったんじゃ」
なにその、王子が無邪気な平民好きになるみたいな乙ゲー設定。
「今も好きですか?」
「わしに嫌いという感情はないからのぅ。変わらぬモノなどあらぬ。ただ変わってしまった。それだけじゃ」
「私が、サンゴ・マツモトを傷つけたら嫌ですか?」
「わしは、誰も傷付いてほしくはない。誰にもじゃ」
そりゃ、そんな世界があるなら幸せしかないだろうけど。
感情と欲があるんだから無理って話よ。
「私を転生させた理由ってあるんですか?」
「ないのぅ。物語を知っている者ということで引っ張られたんじゃないかのぅ」
「でも、神様が愛してくれたから転生したんじゃないんですか?」
「違うぞ。わしがそなたを愛したのは店に来た時じゃ。そなたの転生に、わしは関わっとらん」
ふっ……この思い込みの激しさは年寄りゆえなのか……
いや、あたしは今16才。
「TVで言ってたのよ」じゃなく、ミルクの言い方が悪かったんだ。
命の尊さね。
ええ、ええ、まさかあの黒歴史を指しているとは、誰も思わないじゃない。
転生のことだって思うじゃない。
まぁ、確かに前世、事故死とか病死とかじゃなく、寿命全うしてるけどね。
黒歴史までは、両目とも茜色だったけどね。
でもさー…………
いいや、グチグチ言うまい!
まるで年寄りみたいじゃないか!




