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カーネにオルアール男爵家への手土産を用意してもらっている間に、別の侍女に弟とミルクに伝言をお願いした。
弟は「『お姉様とお出かけします』と、嬉しそうに外套を取りに行かれました」と、戻ってきた侍女が教えてくれた。
置いてけぼりになったミルクは、侍女と一緒にやってきて、テーブルの上のお菓子を食べている。
「ミソカ様は可愛くて羨ましいです」
「あの子のは全て計算ですよ」
人のこと言えないけどね。
「そうなのですか?」
「そうなんです。嘘泣きばっかりなんです」
「でも、猛獣じゃないだけいいですよ。私の弟たちは本当に猛獣でして。失礼のないように言いますが、もし失礼があったら殴っても蹴っても大丈夫ですので、お好きにしてください」
男の子って感じだわ。
「それと……ルチル様には不釣り合いな狭い家でして、父親が家で仕事をしていますので更に狭いと思います。私のお願いで来てくださるのに、本当に申し訳ございません」
「気にされなくて大丈夫ですよ。私の気が回らなかったせいで、今日突然の訪問になってしまったんですから」
「いいえ。決して、そのようなことはありません」
「ありがとうございます。ラブラド様のご家族にお会いできるの楽しみですわ」
程なくしてやってきた弟を含めて、まずは銀行を目指した。
この世界の銀行は、大きな建物だが、金庫への入り口はたった1つ。
受付で顔の確認をし、金庫への入り口に案内される。
鍵とドアに魔法がかかっていて、鍵を差し込むとそれぞれの金庫部屋に入れるという仕組みだ。
顔の確認が必ず必要なので、姿絵が必要になる。
カメラを発表した時に、銀行から要望され、今銀行分を作っているところだ。
代理人がくる場合は、代理人だと分かるものを持っていたら通してもらえる。
そして、お金の出し入れは自動で計算され、退出後に受付で残高の紙をもらえるようになっている。
ここまでの魔法があるなら、顔認証も指紋認証もできそうなのにと思ってしまう。
これも王妃になったら、取り掛かろうと思っている事案の1つだ。
ルチルが初めて銀行に来た時と同じように、ラブラド男爵令嬢も驚き感動していた。
そして、金庫部屋に入った時は、見たことのない金貨の量に少し目眩を覚えたのかフラついていた。
「初お給料で、ご家族に何かプレゼントされますか?」
ラブラド男爵令嬢の顔が輝き、大きく頷かれた。
服飾品店と雑貨屋に寄り、オルアール男爵家に向かう。
小さな無印の馬車で来てよかったと思うほど、奥まった場所に家があった。
「ここになります」
お、おお。
貴族の家と言われなければ分からない……
庭はあるけど、草むしりで精一杯って感じ。
建物は平家なのね。
階段がないから私は好きだよ。
「ただいまー!」
「帰ってきた! お姉ちゃん、腹減った!」
ドタドタと慌ただしい音が何個も聞こえて、ラブラド男爵令嬢に似た男の子が4人現れた。
犬好きのルチルからすれば、可愛い犬の成長過程をグラフで見ているようで「ここは天国か」と顔が溶けそうになる。
「とうさーん、かあさーん、姉ちゃんが友達と彼氏連れてきたー」
さっきよりも激しい足音が聞こえ、オルアール男爵夫妻が現れた。
両親2人とも犬顔! 素敵!
ここは、本当に天国だわ。
「かかか彼氏? どどどっちが?」
「もう! どっちも違うわよ! 失礼になるからやめてよね!」
はぁ、落ち着く。
そうそう。家族って、こういう雰囲気。
懐かしくて泣きそう。
浸っていると、オニキス伯爵令息に腕を小突かれた。
「初めまして、オルアール男爵、男爵夫人。私はルチル・アヴェートワと申します。以後、お見知り置きください」
あ、固まっちゃった。
ミソカと同じ年の子は、あたしが誰か理解できたのね。
「こっちが弟のミソカ・アヴェートワで、こちらが護衛騎士のオニキス・ラセモイユ伯爵令息になります」
2人が挨拶している間も、3人は固まったままだ。
自由に動いている下3人の子供が男爵夫妻にぶつかって、ようやく男爵夫妻の意識が戻ってきた。
「おおおおおお初にお目にかかります。わたわたし一一
「お父さん、しっかりして! 大丈夫だから! ルチル様、優しい方だから!」
ごめん、今、笑わないように必死に耐えてた。
家族全員で深呼吸している姿に、我慢していても笑みが溢れてしまう。
どうして深呼吸しているのか分かっていないのに、深呼吸している子供たちが可愛くて仕方がない。
気合いを入れて挨拶してくれた男爵に続き、男爵夫人、子供たちが順番に挨拶してくれた。
「おねちゃ、おなかしゅいた」
1番小さい子が、ラブラド男爵令嬢の服を引っ張っている。
そういえば、来た直後も聞いたな。
もうお昼時だもんね。
早く説明してお暇しなきゃ邪魔だよね。
「あ、ごめんね。お菓子買ってくるの忘れてた」
「うー、おなかしゅいたー」
ん? ご飯じゃなくていいの?
お菓子でいいの?
っていうか、どうして母親じゃなくてラブラド様に?
「今日はお昼なしかぁ。お姉ちゃん、絶対お菓子もらってくると思ったのに」
ん? んん?
「ばか! 黙れ!!」
ミソカと同じ年の子が、下の弟の口を慌てて塞いでいる。
両親はオロオロしているし、ラブラド男爵令嬢の顔も青い。
合点がいってしまった。
いつもお土産に渡しているお菓子が、オルアール男爵家ではご飯になっていたのか。
それがないと、1食抜きなんだろう。
そこまで切羽詰まっていたとは。
「お昼は、お菓子でよろしいんですか?」
「ルルルチル様、そそその、あの……」
「お菓子でよろしいならありますよ。急に訪ねてしまったお詫びに、たくさん持ってきましたから」
「ほっとっ」
「ええ、本当ですよ」
嬉しそうに抱きついてきた小さい子の頭を撫でてから、カーネに言って、鞄からお菓子を出してもらった。
玄関に積み重なっていく箱に、小さい子以外は驚倒している。
「たっくさん」
「まだありますよ」
「いいいいいえ! もう十分です! もう大丈夫です!」
ラブラド男爵令嬢が両腕を突き出して、大ぶりに左右に振っている。
男爵夫妻が、横で大きく頷いている。
「そうですか? 分かりました」
カーネが鞄から出すのを止め、数箱持った。
ミソカもオニキス伯爵令息も数箱持っている。
「どこに運びましょうか?」
「やめやめてください! 我々が運びます!」
「気にしないでください。姉の気持ちですから、僕が運びたいんです」
ミソカは、言い回しも素敵。
友達はいないけど、学園に入ったらモテにモテまくるんだろうな。
婚約者がまだいないから、女子たちの争奪戦恐ろしいことになりそう。
今日は1ページのみの更新になります。
明日からは2ページに戻ります。
明日→オルアール男爵家、明後日→神様になります。
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