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去年同様に今年のダンスパーティーも囲まれて苦労したが、楽しそうにしているヌーたちを見かけて疲れが少し吹き飛んだ。
ヌーはアヴェートワ商会で働くことが決定しているし、他のみんなも就職先は決まっているそうだ。
2年生の間に決めることができてよかったと喜んでいた。
お祝いに個々に財布を贈ったら「一生大事にします」と、みんなで出し合って買ったという髪留めをお返しされている。
ザーヴィッラ侯爵令息やキャワロール男爵令嬢の付き纏い以外は、学園の中ではもう平和に暮らせるだろうと来年が楽しみになった。
テストも順位発表も終わり、ゴシェ伯爵令嬢が初めて参加してくれたお茶会も終わった。
ガーネ侯爵令嬢の参加はなかったが、次も変わらず招待をしようと思っている。
冬休み3日目に、ラブラド男爵令嬢にアヴェートワ公爵家タウンハウスに来てもらった。
「何度も来てもらって、すみません」
「いえ、ルチル様とお話しできるのは楽しいですから、いつでも呼んでください」
「そう言ってくださって嬉しいです」
カーネが淹れてくれた紅茶を飲み、真剣な表情でラブラド男爵令嬢と顔を合わせた。
「大変なことになりましたの」
「どうされたんですか?」
「実は……」
目に力を込めて、ラブラド男爵令嬢を見つめる。
ラブラド男爵令嬢が、唾を飲み込んだ。
「小説が完売しました」
「え? えええええ!!!!!」
邸中に響いただろう大声に祖父や父、弟にブロンまで慌ててやってきた。
ラブラド男爵令嬢は真っ赤になりながら、祖父たちに平謝りをしている。
祖父たちは安堵して戻っていき、オニキス伯爵令息は涙が出るほど笑っていた。
「大声を出してしまい、申し訳ありませんでした」
「いいえ、びっくりされると思っていましたから。喉を痛めていないですか?」
あたしが溜めて言ってしまったせいでもあるしね。
ごめんよ。
「弟たちで鍛えられていますので大丈夫です。心配してくださりありがとうございます。それで、その、本当に完売したんですか?」
「はい。今、重版していて、来週店頭に並ぶ予定です」
「そ、うですか……ルチル様のシナリオ、素敵でしたものね。携れて、本当に光栄です」
「何言っているんですか。ラブラド様のお力があったからですよ。地面に種を蒔いたのは私かもしれませんが、芽を出し、葉をつけ、花を咲かせてくれたのはラブラド様ですよ」
「あ、あ、ありがとうございます」
さっきよりも赤くなるラブラド男爵令嬢に、小さな鍵を差し出した。
「これは?」
「銀行の金庫の鍵です。印税を入れています」
「へ? あ、あの……」
「現金でお渡しした方がいいかと思ったんですが、大金を持ち歩くのは不安かと思いまして、勝手ですが作らせていただきました。これからも印税は、そちらに入れさせていただきますね。そして、今回こちらの金額が入っています」
1冊の販売金額、販売数、税率、最終金額が書いてある紙とペンを机に置いた。
「確認のサインをお願いします」
「は、はい」
内容を確認したラブラド男爵令嬢が、風が起こるんじゃないかってくらい瞬きをしている。
手で持っている紙の両端が潰れてしまった。
「あ、あの、金額が……0が間違って……」
「間違っていませんよ」
「で、では、計算が間違って……」
「間違っていません」
「こ、これ、偽物……」
オニキス伯爵令息が、また笑っている。
ルチルも子犬が狼狽えているように見える姿が可愛くて、笑いを必死に耐えている。
「偽物ではありません。サインするだけでいいんです。サインしてください」
「し、しかし、本当に、この金額を……」
「今回はその金額ですね。重版分や続刊が売れましたら、その分もお支払いします。お支払いは、月1回月初めにいたしますね」
「い、いえ、そういう……ことでは……」
「もっと税率をあげ一一
「ちちちがいます! ここここの金額で問題ありません! ありがとうございます!」
座ったまま勢いよくお辞儀をしたラブラド男爵令嬢は、机におでこをぶつけている。
大きな鈍い音に、ルチルの方が痛い顔をした。
「うわー、大丈夫?」
すぐさまオニキス伯爵令息が、ラブラド男爵令嬢の様子を窺いに側に行ったので、ルチルは動くタイミングを見失ってしまった。
「……痛い……夢じゃない……」
「どんな確認の仕方してるの」
楽しそうに笑うオニキス伯爵令息を、ルチルは心の中で不思議に思っていた。
焼き芋大会の日も思ったけど、オニキス様優しすぎじゃない?
いや、オニキス様はなんだかんだ優しいもんな。
ラブラド様が、オニキス様に惚れないことを祈ろう。
「おでこ、大丈夫ですか? ふらついたりしませんか?」
「だ、大丈夫です。オニキス様もありがとうございました」
冷たい布巾を持ってきてくれたカーネにも、お礼を伝えている。
オニキス伯爵令息は、ルチルの横に戻ってきた。
「報酬があるなんて思っていませんでした。ルチル様、本当にありがとうございます。それで、その、お願いがあるんですが」
「金額あげま一一
「違います! 十分すぎるほどです!」
あー、あたふた可愛い。癒される。
「銀行の使い方を教えていただけませんか?」
そりゃそうだ。
まだ働いていない学生に口座があることは珍しい。
シトリン様みたいに持っていても、紙で金額を確認して、侍女が出し入れをするのが一般的だしね。
あたしも、積み重ねられている大金貨を見たくて1度行ったことがあるくらいだもんな。
「分かりました。今から行きましょう」
「ありがとうございます。それと、まだお時間がありましたら、家族への説明を一緒にしていただけないでしょうか」
これも、そりゃそうだ。
急に「私が『ハックとスペッサル』の作者で、印税でお金持ちなの」と告白されても、家族は信じないだろう。
というか、家族に正直に話すのか。いい子だ。
「そうですね。ご家族の方には、私から説明をいたしますわ」
「何から何までありがとうございます」
今日は、丁度午後から神様に会いに行こうと思って、予定を開けていた。
オルアール男爵家の後に、神様に会いに行こう。
「ラブラド様は、何人家族ですの?」
「両親と私、弟が4人いますので、7人になります」
弟4人って……
ご両親もお姉ちゃんのラブラド様も大変だろうな。
「すぐ下の弟は、来年学園に入学になります」
「うちのミソカと同じ年なのですね。では、ミソカも一緒に行ってもよろしいでしょうか」
本当に、あの子に友達を1人でも作ってほしい。
社交性がないわけじゃないのに、作らないんだよね。
それに、神様に会うのにミルクも連れて行くから、きっと「一緒に行きます」って言うだろうしね。
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