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「ルチル様。子供たちが持っている、あの食べ物は何ですか?」
「あれは、今回アヴェートワ公爵家から提供しているベビーカステラです」
お祭りといえば、手軽に食べ歩きできるものだよね。
りんご飴や綿菓子も考えたけど、どうせなら大麦粉を使うお菓子の方がいいと思ってベビーカステラにしたの。
ベビーカステラって、どうしてか絶対買っちゃうんだよね。
あの匂いの誘惑に勝てたことないなぁ。
名産は大麦かぁと少し残念に思っていたけど、大麦粉にすればお菓子に使い道はある。
ほんのちょっと香ばしくなっちゃうけど、小麦に比べると健康にいいし、食物繊維がたっぷりだから大麦でよかったのかもしれない。
ただ、大麦粉を使ったパンの作り方は知らないんだよねぇ。
普通に焼くとひび割れるはずだから、分量調整でイケると思うんだけど。
うーん……日本食というか麦飯をメインにしようと思っているから、パンじゃなくてもいいか。
ベビーカステラの屋台に案内していると、甘い匂いが鼻と胃を刺激してくる。
ニヤけ顔を戻せないエンジェ辺境伯令嬢を、ジャス公爵令息が赤い顔で見ていた。
屋台に到着し、邸で雇っている料理人見習い数名と挨拶し、ベビーカステラを大袋で1つもらった。
「美味しいです!」
「見た目がよかったら、お茶会に出してもいいのに」
色んなキャラクターの形とかがあったなぁ。
あれも味は変わらず美味しかったけど、あたしの中のベビーカステラはカプセル型なの。
これは、譲れない。
「オニキス、どうして小袋を持っているの?」
「後で食べるためにもらったんですよ。殿下の分ももらってきましょうか?」
無言で頷くアズラ王太子殿下に、オニキス伯爵令息は屋台に並びに行った。
「エンジェ嬢、俺たちも並ぼう」
「しかし……」
ベビーカステラは無料というだけあって、長蛇の列だ。
待たせてしまうことを気にしているのだろう。
「エンジェ様、問題ありませんよ。ベンチに座っていますので、どうぞ行ってきてください」
「ありがとうございます」
チラチラと屋台を見ているエンジェ様に気づくなんて、ジャス様は本当にエンジェ様を見ているんだなぁ。
オニキス様についでに言えば? と思ったけど、並んでいる間は2人で話せるもんね。
ラブラブしてきてちょーだいな。
「私、あのお店が見たいわ」
「行こうか」
シトリン公爵令嬢が指したのは、民芸品を売っている屋台だった。
あそこなら、あたしも見たいかも。
領地巡りはしたけど、どんな民芸品があるか知らないんだよねぇ。
「私も行きます」
「あそこならいいかな」
呟くアズラ王太子殿下を見ると、視線はオニキス伯爵令息に向いていた。
ベビーカステラに並んでいるオニキス伯爵令息が、2回頷いている。
騎士は、2名しか連れてきていない。
いくらDIY期間中に親しくなったと言えど、何名も連れて歩くのは領民が楽しめないかもと思ってやめたのだ。
祖父も弟も一緒にいるから問題ないだろうとのことだった。
ミルクは人混みの中、どこにいるかというと、弟の頭の上で寝そべっている。
弟が歩きながら、頭の上のミルクにベビーカステラをあげている。
1人と1匹は、なんとも器用なのだ。
民芸品を並べている出店の規模は、普通の屋台の3倍だった。
木で造られているアクセサリーや食器が並んでいる。
柄は、綺麗に掘られている。
「アヴェートワ公爵家の皆様!? いらっしゃいませ。ごゆっくり見ていってください」
店番をしていた20代の夫婦だろう人たちが、緊張で笑顔がぎこちなくさせている。
アズラ様の顔を知っている平民は、王都以外では少ないからなぁ。
あたしたちより大物だよ。知ったら、腰を抜かすかもよ。
緊張している店番に笑顔を振り撒き、並べられている商品に視線を移した。
ふむふむ、旅館の食器にしてもいいな。
気に入ったら買って帰ってくれるしな。
お金が余分に落ちる。
いつでもどこでも、お金で頭がいっぱいのルチルである。
「ここにあるもの全部ください」
「「は?」」
店番の2人は、出してしまった素っ頓狂な声が恥ずかしかったのか、慌てて口を隠している。
「ルチルお嬢様、今、なんて仰いましたか?」
「ここにあるもの全部ください」
「聞き間違い?」「私たちの耳おかしくなった?」と、店番の2人の瞬きの回数が尋常じゃない。
「ルチル様。私、そこのアクセサリー買おうと思ったのよ」
「差し上げますよ」
「そう、だったらいいわ」
「ルチル、全部買ってどうするの?」
「邸のみんなにあげようと思いまして。昨日から全員出勤で働いてくれていますから」
宿泊での来客だからね。
昨日の準備から大変そうだったもの。
お祭りに行かせてあげられないお詫び。
「じゃあ、僕が買うよ。みんなを忙しくさせてしまったのは、僕が来たからだろうしね」
お祖父様、全力で頷かないでください。
「ありがとうございます。みんなも私からもらうより、アズラ様からの方が喜びますわ」
「そんなことないと思うよ」
そんなことありますよ。
王子様から何かもらうなんて、一生に一度あるかないかだと思うからね。
「あ、あの、本当に全部買ってくださるんですか?」
「うん」
「「ありがとうございます!」」
やっと実感したのだろう。
手を取り合って喜んでいる。
「このお皿やコップは、お2人で作っているんですか?」
「私たち家族と後数軒の家になります。農業に転職される方が多くて、作り手が少なくなってしまったんです」
「お店で売っているんですか?」
「はい。街外れに、小さいですが店があります」
「教えてくれてありがとうございます。今度、伺いますね」
「ありがとうございます」
騎士が持っている空間魔法陣がある鞄に入れていると、オニキス伯爵令息たちがやってきた。
ベビーカステラの袋も、鞄に入れてもらう。
他の色んな屋台に目移りしながら、街の広場に到着した。
本日の目的地だ。
広場では、ギターのようなもの、小さい太鼓や木琴のようなもので、音楽を奏でている。
その音楽に合わせて、みんな踊っている。
エンジェ辺境伯令嬢と目が合って、頷きながら小さくガッツポーズをした。
エンジェ辺境伯令嬢も同じようにしている。
頑張れ、エンジェ様。
大丈夫。きっと喜んでくれるよ。
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