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次の日から農村を見て回ったが、農家の人たちからも特にやる気を感じられず、言われたら行動しますよという気持ちが透けて見えた。


心折れそーだー!

なんでだ!? この領地に何があった!


「ルチル嬢。スペンリア伯爵が切り倒すように指示した林は、もうすぐです」


「分かりました」


村で領民から「いつから始めますか」と問われ、詳しく聞いたら、スペンリア伯爵が「林を切り倒して農地を広げる」と言っていたと教えてくれた。


ただ村の人たちは、その木になる実をスープにして飲んでいるので、切り倒すことに反対だったらしい。


でも、伯爵から「農地を広げないと、みんなを養っていけない。ゴシェが迷惑ばかりかけて申し訳ない。あんな子でも娘なんだ」と涙ぐまれていたそうだ。


その他にも話を聞くと、その言葉は度々言っていて、領民の意見は全て無視してきたようだった。


みんな、頑張ることに疲れたんだと気づいた。

元気だった気持ちは、少しずつ蝕まれていったのだろう。

何を言っても何も変わらないなら、言うだけ疲れるというもの。


どんなに頑張っても、収入は上がらない。

抗議しても、「ゴシェが」と言われて何も変わらない。

疲れるはずだ。

働いても喜びがないなんて、ただの苦行でしかない。


立派な林……ん? ここにきてなのか?


「この林全体を切り倒そうとしていたのか。ルチル嬢、どうされますか?」


ヘリオ子爵令息の問いかけは、耳に入ってこない。

横と奥に広がっている林から視線を逸らせず、叫びそうになる口を両手で押さえた。


きたーーーーー!!!

あたしって、本当にラッキーガール!

コーヒーだ! コーヒーの木だ!

これでアズラ様にコーヒーを飲んでもらえる。


「ルチル嬢?」


「ヘリオ子爵令息。今、ルチルは喜びを噛み締めている。少し待ってやってくれ」


祖父にも探してもらっていたものだ。

祖父は、コーヒーの木だと気づいたのだろう。


コーヒーだよ! コーヒー!

新たな収入源、獲得だよ!


色んな場所に空き地があったよね。

そこでもコーヒーの木を育てることにしよう。

いずれは、コーヒー専門店を立ち上げる。


いいね、いいね。いいよ。


「ルチル嬢、顔戻して」


はっ! 危ない。トリップしてた。


「で、これは、何なの? 新しいお菓子になるの?」


「いいえ、ずっと探していた豆ですわ。チョコレートに合う飲み物です」


オニキス伯爵令息は、納得したように頷いている。

馬から降りて、木に近づき、実に触れる。


「豆ですか? どう見ても木の実ですが。熟しているものも少なそうです」


「赤くなくても大丈夫なんです。村に戻って、少し持って帰ることを伝えましょう。切り倒さずに、このままにしてほしいとも伝えませんとね」


村に戻り、林は切り倒さないと伝えると、みんな喜んでいた。

スープはもちろん、散歩ついでに林の横でご飯を食べていたりしたそうだ。

憩いの場がなくならずに済んでよかったと言っていた。


木の実をカゴいっぱいに摘み、夕方まで隈なく領地を見て回る。

他にも何かあればと思ったが、その日以降は何も見つからなかった。


領地巡察の最終日。

街も農村もない場所を巡って、今日が最後の土地になる。


観光名所にできそうな花畑も、泉や川もない。

山はあるけど、滝もない。

コーヒー以外にも何か欲しいのに、何もない。


当初の予定では、巡察は1週間の予定だった。

でも、今日で14日目。

2週間かかってしまっている。


『臭いな』


ミルクが、梅干しのような顔になる。


「え? やめてよ。魔物とか嫌だからね」


ヘリオ子爵令息には聞こえないように、弟に話しかけている体を装う。

ミルクは、弟と一緒に馬に乗っている。


『そうではあらぬ。北に行った時に、お主が喜んだやつだ』


あたしが喜んだやつ?

旧ルドドルー領で、何に喜んだっけ?


『熱くて臭いお湯に喜んでいただろう?』


「温泉!!!」


つい大声を出してしまい、全員から見られる。

乗っている馬が驚いて暴れそうだったが、祖父が宥めてくれて大事なかった。


「温泉とは、何でしょうか?」


「え? あ、いや、あのー、うちの賢い犬がですね、地下から湧き出すお湯が近くにあると、クシャクシャの顔をするんです。今その顔をしたものですから、近くにあればいいなと叫んでしまいました」


「地下から湧き出す熱いお湯が、温泉なのですね」


「はい」


ルチルを物知りだと尊敬の眼差しで見てくるヘリオ子爵令息に対して、オニキス伯爵令息とミルクからは冷めたは瞳を向けられた。


だって、温泉だよ、温泉。

喜ばずにはいられないよ。


ミルクにお願いをして、源泉場所に案内してもらった。

河川敷にあり、少し離れたところにだが水脈もあると教えてくれた。

馬から降りて、ミルクと話している間のヘリオ子爵令息の意識阻害は祖父がしてくれた。


有能すぎるミルクに、ご褒美と言う名の撫で回しをして、夕食にスイーツの盛り合わせを用意した。

ミルクの体よりも大きかったスイーツの盛り合わせを全部食べ切ったミルクは、ぽっこりと出たお腹を仰向けにして眠ってしまった。

あまりの可愛さに写真を2枚撮り、ルチルと弟はそれぞれのアルバムに大切に保管した。






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