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ケープから別邸のことや使用人たちの様子を聞き、ヘリオ子爵令息からは領地の状況を報告してもらう。
ケープが用意してくれたお茶を飲みながら、頭を働かせる。
「ケープ、お茶を淹れるの上手ね。とっても美味しいわ」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
悩殺されそうなほど綺麗。
微笑みキープでお願いします。
「ルチル公爵令嬢、お願いがあります」
「なんでしょう?」
「私のことも呼び捨てでお願いします! 敬語もいりません!」
お、おお。勢いがすごい。
呼び捨てに敬語なしかぁ。
同じ雇うでも、使用人と文官は違うと思うんだけどなぁ。
チラッと祖父を見ると、「好きなようにしたらいい」というような表情だった。
「わか一一
「ルチル嬢、ダメだよ」
オニキス様にダメだって言われた。
なぜ?
「ヘリオ子爵令息もダメですよ。殿下が怒りますよ」
確かに怒りそうだわ。
闇魔法で、ヘリオ子爵令息が葬られたら大変だものね。
でも、普段のオニキス様なら面白がって止めないと思うんだけどなぁ。
偽物じゃないよね。
「なんで、そんな目で見るの? 俺、めちゃくちゃいいこと言ったよ?」
「オニキス様なら、アズラ様の怒る反応を楽しむはずなのにと思いまして」
「秋休みは、殿下の味方をしたら特別手当が出るの。卒業したら家買ったりしないとだからね。お金がいるの」
こんな所で暴露されたー!
そういうことは、他に人がいない時にお願いします。
隠密部隊の家門だから家と仲悪い設定なのかなと思っていたら、本当に仲が悪いのね。
ということは、不倫も本当なのか。
隠していただけで嘘はつかれてないんだろうな。
何もかも嘘だったんじゃと疑ってたことは、内緒にしよう。
「オニキス殿は苦労人なんですね」
ヘリオ子爵令息の言葉に、オニキス伯爵令息は笑顔で返答を濁したように思えた。
「そういうことですので、ヘリオ様と呼ばせていただきます。私のことは『ルチル嬢』でお願いします。敬語のままですみません」
「いえ、殿下との仲の良さは聞き及んでおります。私もお二人の仲を邪魔しないようにします」
うんうん、ありがとう。
お祖父様の顔が少し怖いけど、気にしないでおこう。
話を戻しますよという風に、書類に目を走らせる。
「本当に赤字の経営だったんですね。でも、生活必需品を最低限にして、それ以外を抑えれば黒字になりそうですね」
「いえ、それは難しいかと思います」
「どうしてですか?」
「年々、収入が減っています。このままでは今年の収入総額は過去最低になります。加えて、領地の設備はガタがきていますし、街中で喧嘩も多発しています。仕事がなさすぎて暇を持て余しているからでしょう。明日、街を見てもらえれば分かっていただけるかと思います」
「大麦が名産品でしたよね。他には何もないのですか?」
「この領地というか、各街に卸している野菜などを作ったりしているみたいです。ただ領地の外には出ていません。領地内で作り、領地内で販売や物々交換をしているようです」
なるほどねぇ。
外から落ちるお金がないのか。
メインは大麦なんだよねぇ。
大麦かぁ。
小麦がよかったなぁ。
小麦なら大阪を真似て、粉もん領地にしてもよかったのになぁ。
お好み焼きとたこ焼きとビール!
合うよねぇ。
アヴェートワ領でも大麦は育てている。
ビールと焼酎を作るためだ。
でも、アヴェートワ領内での収穫で賄えている。
そこに切り込むのは難しい。
「大麦を育てる畑で、大麦を刈った後は何を育てているんですか?」
「土を休ませていると思います」
「勿体ないですね。大豆を育てましょう」
「大豆ですか?」
「アヴェートワ領では、大麦と大豆を交互に育てているんです。その方が土にはよくて、麦の穂も大きくなるそうなんです」
祖父が、数回頷いている。
これで上手くいけば、大豆分の収入も期待できる。
でも、大豆もアヴェートワ領は領地内分で賄えている。
どことどう取引をするか……
大麦と大豆……
ダイエット食品だな……
美の領地にするか……
街を見てから決めよう。
ダイエットツアーができるような美の観光地にできればいいのに。
まぁ、他の貴族の人たちの賛同も必要なんだけどね。
どんな人たちなんだろう?
キルシュブリューテ領には、4つの貴族が住んでいる。
もう少し住んでいたが、スペンリア伯爵に連なる者たちだったようで、アヴェートワ公爵家が買い取った時に領地から出て行ったのだ。
自分たちから出て行くとは、よほど後ろめたいことがあったのだろう。
その人たちが管理していた土地は、残った4人とルチルに分配されている。
4人の市長がいて、市長兼知事のルチルがいると思ってもらえればいい。
その4人の人たちと昼食会と会議をすることが、今日の予定だ。
明日からは、各地域を1週間かけて巡察することになっている。
夜になり、ルチルは湯船でおっさんみたいな声を出して、カーネに驚かれた。
本当に疲れたのだ。
会社員時代を思い出して疲労困憊なのだ。
父世代の人たちから見極めるような視線を、ずっと浴びせられたのだ。
そりゃそうだ。
自分の子供が上司でやってきたみたいなものなんだから。
バイトや新入社員のように可愛がってはもらえない。
様子見がない。
化かし合いの昼食会と会議だった。
彼らも必死なのだろう。
前公爵か公爵が経営すると思っていたのに、来たのはまだ学生のルチル。
「おいおい、どういうことだ」となったはずだ。
ルチルが失敗したら、アヴェートワ公爵家の補償があろうと裕福にはならない。
もしかしたら、キルシュブリューテ領だけ領地返還だってありえるかもと不安なのだろう。
相手の気持ちが手に取るように分かるだけあって、あれが本来の反応で、この屋敷の人たちの歓迎っぷりが変だったのだと思った。
次の日から、ルチル・オニキス伯爵令息・祖父・弟・ミルク・ヘリオ子爵令息とで、領地を見て回った。
気になるところは写真を撮り、領民たちに困っていることはないか? と積極的に話しかけた。
昼食は、可能な限り外で食べた。
お金を落とすことと、街の食事が美味しいかどうか確認するためだ。
美味しくなければ、人が来るようになったところで、食堂は閑古鳥だ。
味は可もなく不可もなく。
名物になりそうなグルメは見当たらない。
4人の貴族の人の家が近い時は、夕食をご馳走になった。
そして、気づいた。
自分は奥様方から人気があるのだと。
石鹸や化粧水の話をもの凄くされ、刺繍糸系全般の話題も盛り上がった。
家や家具、食事内容を見たところ、裕福ではなさそうだから憧れが強いのだろう。
大切に使っているということも伝わってくる。
であれば、ここですることは奥様を買収……言葉が悪い……奥様に気に入られること。
いつ必要になるか分からないからと鞄に忍ばせておいた化粧水と石鹸、リップクリーム(非売品)をプレゼントしておいた。
「ルチル嬢、お疲れ。殿下、明日来るってさ」
入浴後、オニキス伯爵令息に言われた。
アズラ王太子殿下が来ると言っても、夕食を一緒に食べ、1泊して、朝食後帰るという強行スケジュールになる。
一緒に領地を見て回るとかはしない。
祖父がいるので、一緒の部屋で寝ることもしない。
2人っきりの時間がなくても、会えるというだけで気持ちが浮上する。
キルシュブリューテ領に来て、まだ数日なのに長い間会っていなかった気がする。
「教えてくれてありがとうございます。明日の朝一でケープに伝えます」
「ケープさんにはもう伝え済みだよ」
オニキス様、優秀だわ。助かる。
「どう? なんか糸口見つかったの?」
「全くです。想像以上にヤバい領地でした」
「まぁ、そうだね。汚い街ばっかだったね」
笑い事じゃないよー。
「お金、全然足りません」
「ガディオッホみたいに、先に収入優先?」
「うーん……お金があったとしても、よくならないと思うんですよね」
「どういう意味?」
「街の皆様にやる気が感じられないんですよね。楽しくなさそうでしたし」
「笑顔の人、少なかったよね」
「そう! それです」
アヴェートワ領の人たちは楽しそうに仕事をしているのに、ここの人たちは全然楽しそうに見えないんだよね。
明日からは農村を見て回るけど、時間に余裕があるとして、何かしたいと思っているのかな?
本日の夜から、1話から編集をしていきます。
編集をすると言っても、…を……に変更し、!や?の後ろに空白を入れるだけです。
(本来は全角を入れるそうなのですが、半角を入れます)
行頭を字下げすることはしません。
内容は変更しません。
今後大きな編集作業は、完結しない限り行いません。
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読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。




