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学園に戻る前に、アヴェートワ公爵家タウンハウスに帰った。
ミルクと話をするためだ。
アズラ王太子殿下たちも、タウンハウスに一緒に来ている。
「さぁ、全て話してもらうわよ」
『どうした?』
「ルリ・イガラシって、何者なの?」
話し合いの場所は、ルチルの部屋ではなく応接室。
祖父や父も同じ部屋にいる。
『知らぬ』
「どうして知らないのよ」
『どうして知っていると思うのだ』
「邪竜の名前が、ルリ・イガラシなんでしょ?」
ミルクの眉間に皺を寄せる顔が可愛くて、鞄からカメラを出しそうになってしまった。
『そんなわけあらぬ』
やだもー、訳分かんない。
『邪竜の名前は、サンゴ・マツモトだ』
あ、でも、日本人なんだ。
サンゴ・マツモトか……
友達だった松ちゃんの名前は、サンゴじゃなかったな。
「黒目黒髪の女の子なの?」
『そうだな』
「黒目黒髪の人たちの街があったの?」
『我がまだ生まれていない昔、神様が作ったらしいぞ。邪竜が神様にお願いをしたと聞いたことがある』
「どうして邪竜と呼ばれているの?」
『神様と同じ不老不死になりたくて、竜を食べたからだ』
馬鹿な子、確定だ。
いや、決めつけはよくない。
本当に不老不死になれるかもしれないし。
「不老不死になれるの?」
聞いているみんなの体が、動いた気がした。
『なれる訳ないだろ。あの時も全員で止めたが、聞く耳を持たなかったんだ』
「邪竜は、どんな人だったの?」
『どんな人か……我に言わせれば、ただの子供だ。神様が甘やかすから何でも叶うと思って、我儘し放題。癇癪も起こすしな。我は、邪竜が大っ嫌いだ』
うわー、違う時代でよかった。
神様が愛した者に嫉妬して、癇癪を起こし、神様と喧嘩。
何を言っても聞く耳を持たないから、子供たちと封印したと。
「よくそんな人が母親だったわね。親になる資格ないわ」
『我もそう思う。神様もよく作ったものだ』
ん? なんかニュアンスおかしくない?
確かに子作りだから、子を作るだけど……
あれ? あたし、盛大な勘違いしていたりする?
「ミルク。ラピス・トゥルールとシャーマ・トゥルールは、神様と邪竜の子供なんだよね。どうしてトゥルールなの?」
マツモトだってよかったはずだ。
『知らぬ』
そっか。ミルクも知らないことあるよね。
周りにバレないように聞きたかった。
「2人は当然、神様と邪竜の血が流れているんだよね?」
周りが何の話でそうなった? という不審な目で、ルチルを見てくる。
『お主は何を言っている。神様に性別はあらぬ。邪竜が子供が欲しいと言ったから作ったのだ』
あー、ね。そうなのね。
あたし、薄くても神様と邪竜の血が流れてて自慢したいとか言っちゃったよ。
恥ずかしい! 黒歴史が追加されたよ!!
『一体、何が聞きたいんだ?』
「本当に、ルリ・イガラシを知らないんだよね?」
『くどい』
そっかー。
知らないなら仕方ないよね。
もう調べようがないし、聞ける相手もいないしね。
「あ、後1つだけ。黒目の人は何の魔法が使えるの?」
ミルクに、盛大にため息を吐かれた。
『目の色と魔法は関係あらぬ。精霊に祝福されれば、目の色関係なく使える。目の色は、どの精霊に強く愛されているかだ。使いやすいかどうかの基準にはしてもいいかもな』
「でも、私、火以外使えなかったよ」
『お主は下手なんだ』
今、胸に突き刺さった……
『アズラなら、光以外使えると思うぞ』
それ、チートって言うんですよ。
アズラ様は、めちゃくちゃ喜ぶと思うけどね。
『お腹が空いた』と言い出したミルクとの話は、ここで終了した。
ミルクがルチルの膝の上でケーキを食べている間に、ミルクと話したことをみんなに伝えた。
今回はどこも隠す必要がないと思い、全部ありのまま話した。
王家に神様と邪竜の血は流れていないという説明の時に、アズラ王太子殿下のキョトン顔を見れず、斜め上を見てしまったものだ。
祖父と父は、明日陛下に伝えに行ってくれるそうだ。
アズラ王太子殿下が光以外使えるだろうと言うことは、この場では伝えなかった。
喜ぶ可愛らしい顔を独り占めしたかったのだ。
数日後の放課後に伝えた時、想像以上の可愛い顔を見せてくれた。
もちろん隠し撮りをしている。
その後で「僕とルチルだけの秘密にしてほしい」と言われた。
裏切り者という言葉が、頭を掠める。
どうしてアズラ王太子殿下が、「秘密にしてほしい」と言うのかが分からない。
内緒にしたいのは、手の内を隠したいからだよね。
誰に隠したいの?
本当に、裏切り者がいるの?
アズラ様は、何か知っているの?
裏切り者に気づいているの?
そんな素振りは一切なかった。
分からない。
分からないけど、アズラ様は信じよう。
絶対に信じるモノを1つ決めないと、何も考えられなくなる。
そう決めても、不安が消えることはない。
曖昧な笑顔になってしまったと分かったが、アズラ王太子殿下は何も言わず微笑んでくれた。




