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双子に襲われた件も、偽物の祖父の件も、明日話し合うそうで、念のため祖父と父は王宮、ルチルたちが眠る部屋の隣に泊まることになった。
祖父と父は、普段からルチルたちが一緒に眠っていることを知らない。
当然のようにアズラ王太子殿下と同じ部屋で眠ろうとするルチルを引き止めたかったが、1日で2回も襲われて怖いのだろうと、心の中で泣きながら部屋の前で見送った。
順番に湯浴みし、お互いの髪の毛を乾かし合う。
ドライヤーを置いたアズラ王太子殿下に、柔らかく抱きしめられた。
「怖かったよね。すぐに助けられなくてごめんね。ルチルが無事で、本当によかった」
慈しむような声で伝えられ、涙が溢れてくる。
落ち着いた今だからこそ、怖かったという気持ちに心が占領されていく。
「アズラ様がっ……襲われてるって……っ……聞いてっ……」
「僕は強いよ。あんな奴らに絶対に負けないよ。信じて」
小さく頷くと、背中をリズムよく叩かれ始めた。
自分が襲われたことよりも、目に見えない場所でアズラ様が襲われていることが本当に怖かった。
万能な指輪だけど、指輪で治せる範囲は決まっている。
死んでしまったら治せない。
前回も今回も、襲われた時、あたしは無力すぎる。
守られてばかりで、あたしの周りの人たちが怪我をしてばかり。
誰にも傷ついてほしくないのに。
お祖父様に化けていた人は双子と仲間だと思うけど、たぶん敵は一枚岩ではないのだろう。
ルリ・イガラシのことが分かれば、敵を捕まえるのに協力してくれるかもしれない。
ミルクに聞いてみよう。何か知っているはず。
「裏切り者に気をつけて」
偽物の祖父の言葉が、脳裏に蘇る。
ミルクは違う……あたしを裏切る理由がないもの。
でも、誰が……
違う! あの人が嘘を言ったのよ!
だって、誰が何の理由で裏切るのよ。
「オニキスに聞いたんだけど、ルチルが夕食作ってくれてたんだよね。食べたかったなぁ」
元気がないルチルを励ますような明るい声に、ルチルは俯いていた顔を上げた。
あたし、何を落ち込んでいるのよ!
裏切り者のことを考えている場合じゃない!
今日は、アズラ様の誕生日だったのにー!
「明日、作りますね。今日よりも手が込んでいるご飯」
涙は止まっていないが、微笑むことはできた。
「作ってくれるの? 嬉しい。でも、今日と同じものがいいな」
「明日は時間がありますから」
学園の臨時休校は今日だけだが、パーティーの挨拶回りで疲れるだろうからと、ルチルたちは明日も休むことにしていた。
「ううん。初めてルチルが作ってくれたっていう料理が知りたいんだ。だから、今日と同じ料理をお願い」
アズラ様、尊すぎません?
「分かりました。料理は今日と同じものにして、追加でデザートも作りますね」
「嬉しい。ありがとう」
「それと、時間があったら撮影会もしましょうね」
「したいけど、無理かな」
「私、早着替えできますよ」
「時間の問題じゃなくて、衣装がダメになっているんだよ。衣装を置いていた僕の部屋で戦ったから」
あー! あいつら、なんてことしてくれたんだ!
今度会ったら許さない!
守られるだけじゃなくて、あたしも一発おみまいしてやる!
アズラ王太子殿下が、安心したように頬を緩めた。
「少しは元気になったみたいでよかった。ルチル、何でも言ってね。僕はルチルの味方だよ」
アズラ様、なんてピンポイントな励ましなんでしょう。
アズラ様が裏切り者だなんて、絶対にない。
天変地異が起きても、ない。
「ありがとうございます。1つ、お願いしてもいいですか?」
「僕にできることなら、何でも叶えるよ」
「今日は、ずっと抱きしめていてください」
「それは、僕からのお願いにもなっちゃうな。ずっとルチルを抱きしめたままでいたい。いいかな?」
「はい。離さないでください」
抱きしめたままでいると、ルチルは眠ってしまった。
お姫様抱っこでベッドまで運び、ルチルを抱きしめながら目を閉じる。
「裏切り者か……」
アズラ王太子殿下の呟きは、誰にも届かなかった。
襲撃された話し合いは夜遅くまでかかり、ルチルたち学生の3人はもう1日休むことになった。
アズラ王太子殿下から教えてもらえた内容は、こうだ。
自由に移動ができる者に対してできることは、ただただ警戒を強めることだけ。
変身できる者に対してできることも、ただただ警戒を強めることだけ。
襲撃者のことは何も分かっていないのだから、こちらから行動を起こすことができないのだ。
神殿と仲のいい貴族や、ポナタジネット国と仲のいい神官や貴族の目星はついているが、確実な尻尾を掴めていないんだとか。
下手を打つわけにはいかないから、慎重に慎重を重ねているんだそうだ。
調査が思い通りに進んでいない原因の1つに、魔物が活性化し始めたことがあるということ。
アヴェートワ領でも、巡回の回数が増えたって言ってた。
だから、アヴェートワ領の騎士団から3分の1しかキルシュブリューテ領に回せないと謝られていた。
キルシュブリューテ領は、小さくはないが大きくもない。
騎士団の3分の1を貸してもらえるなら、十分すぎるほどだ。
キルシュブリューテ領で騎士育成をしてもらい、貸してもらった騎士たちを1年ほどでアヴェートワ領に帰せたら万々歳だ。
数人貸してもらう侍女たちも、1年の予定だ。
新しい使用人や騎士たちは雇用済みだ。
使用人の面接はブロンとサーぺ、騎士の面接は祖父と騎士団長がしてくれた。
料理人や魔道士の人たちも数名、キルシュブリューテ領に移住してくれるそうだ。
リバーが来たがったが、魔道士部門のトップなので移住は認められなかった。
みんなには改装をしている別邸に住んでもらうため、使用人たちの部屋の数も増やしている。
話を戻すと、魔物の対応を万全にするため、そちらに手を取られてしまうとのこと。
ルチルやアズラ王太子殿下が大切だが、国民も大切なのだ。
ルチルやアズラ王太子殿下を守れても、2人が治める国が荒れてしまっては苦労するだけだからだ。
陛下は、意外に我儘なのだ。
全部を守りたいのだ。
全部を守ることが夢物語だと分かっていても、夢を見ずにはいられないのだ。
父や祖父が言うように、ある意味平和ボケをしているのだろうが、ある意味強欲の塊なのだ。
ルリ・イガラシについては、誰も知らないとのこと。
邪竜が黒目黒髪の人間だったという事実に、みんな驚いていたそうだ。
もちろん、ミルクのことは話していない。
神獣がいることは、今も内緒だ。
そして実際、黒目黒髪の子を殺している親はいるだろうし、生きていたとしても出生の届出を出さず隠れて暮らしているだろうとのことだった。
なんとも悲しい、やるせない話だ。
チャロは黒髪だが、それだけでも幼少期は苦労したそうだ。
と、話し合いの結論は、今まで通り警戒をすること、早く神殿とポナタジネット国との結びつきを見つけ出すことになったそうだ。
秋休みのルチルの金色の魔法のお披露目パーティーも、キルシュブリューテ領行きも許されている。
今回の襲撃で、どこにいても襲撃されるのなら1ヶ所に留まらない方がいいのでは、となったから許されたらしい。
ルチルは許されなくても買い取った責任を全うするんだと、護衛騎士にガチガチに守ってもらうお願いをして、あらゆる手段を使ってキルシュブリューテ領に行こうと考えていた。
「行っていいって言ってたよ」と聞いて、我儘を言わずに済んでよかったと思った。
皆様は、タンザ(祖父)の違和感に気付かれていましたか?
アズラが言ったこと以外にも、ちゃんと違和感があります。
ルチル中心にしか考えられない祖父の行動、という点がヒントになります。
そして、裏切り者は本当にいるのかどうか?
そしてそして、ルリ・イガラシとは?
明日はミルクと話をする回ですので、少し謎が解けるかも?解けないかも?です。
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読んでくださっている皆様、本当にありがとうございます。




