46 〜 シトリンの心の行方 5 〜
フローの誕生日パーティーは、少し憂鬱になる。
去年は、喧嘩していたから気まずかったし、周りの令嬢たちはフローを狙っていた。
スミュロン公爵家嫡男、フローの兄には婚約者がいるから狙うならフローになる。
パーティー後の約束を取り付けるのに苦労したものだわ。
今年は、エスコートをしてもらえたから憂鬱とは無縁かと思っていたけど、フローと別行動をし始めて憂鬱になった。
何が憂鬱かと言うと、ピャストア侯爵令嬢の取り巻きが聞こえるように嫌味や陰口を言ってくるから。
あーあ、ルチル様がパーティー嫌いじゃなかったらよかったのに。
昨日は楽しかったのになぁ。
ジャスだけは参加するって言っていたけど、どこにいるのかしら?
あーもー! ピーチクパーチク、うるさいわね!
私が大人だから、今あなたたちは話せているのよ!
でも、もう我慢の限界だわ!
文句言ってやろうかしら!
「見つけた」
「ジャス、遅いわよ」
「肉食べに行こう」
ジャスと、すぐにお肉が置いてあるテーブルまで移動する。
「何かあったのか?」
「何もないわよ」
「無理はよくない」
「無理してないわ。ルチル様がいなくて暇なだけよ」
「そうか」
お肉が置いてあるテーブルに着いて、大口を開けて食べるジャスが羨ましくなる。
はぁ、私も口いっぱいに頬張りたいわ。
ちびちび食べながら、遠くで家族と挨拶回りをしているフローを見つけた。
ピャストア侯爵家と挨拶している。
「ジャス。好きって、なにかしら?」
「目標ができることだな」
「どんな目標?」
「今の俺の目標はエンジェ嬢に好かれることだ」
「好かれたら達成して終わるじゃない」
「次の目標は決めている。デートだ。その次は、結婚だ」
「そう」
「1つずつ成し遂げられたら、大きな目標の達成に近づくからな」
話しながらも食べ続けているジャスを見る。
「エンジェ嬢を幸せにすることだ。毎日、笑顔が見たいからな」
そういえば、小さい頃にルチル様は、アズラ様の笑顔を守ることしか考えていないって言ってたわね。
指が爛れても平然とするルチル様に、感心したのよね。
本人には、絶対に言わないわよ。
言ったら調子に乗るもの。
ジャスの笑顔が見たいと、ルチル様の笑顔を守りたいは、違うようできっと同じだわ。
誰かを好きになったら、その人の笑顔が見たくなるのね。
私は、どうかしら?
フローの笑顔を見たいと思う日が来るのかしら。
挨拶回りが終わったフローと合流し、パーティーが終わるまで3人で過ごした。
毎年数分だけお祝いに来るアズラ様は、今年もお祝いに来たと思ったら、スミュロン公爵と邸の中に消えていって、そのまま最後まで姿を見せなかった。
パーティーが終わり、応接室のソファに深く座った。
向かいに座るフローは、ソファの背もたれに体を預けている。
「フロー。改めて、お誕生日おめでとう」
「ありがとう」
柔らかく笑いながら姿勢を正すフローに、タイピンが入っている箱を差し出した。
「制服に付けるようにするよ」
フローの笑顔、変わったのよね。
少しずつ変わっていって、あの告白の日からガラリと変わったのよ。
毎日見たいとか思わないけど、この笑顔じゃなくなるのは嫌ね。
「婚約指輪だけど決めてきたわ」
「どんな指輪にしたの?」
指輪が入った箱を渡した。
箱を開けたフローが、不思議そうに見てくる。
「変わったデザインだね」
細いデザインの指輪は、ピンクゴールドで赤い宝石のパヴェだ。
フローはサイズが大きい方を手に取って、角度を変えて眺めている。
「僕には小さいかな。サイズ調整しに行かないとだね」
「小さくないわよ。小指用よ」
「小指用なの?」
フローの横に移動し、フローが手にしている箱から自分の指輪を取って左手の小指にはめる。
「ルチル様が言うには、誰の小指にも運命の赤い糸があるんですって。運命の赤い糸は、幸せになれる結婚相手と結ばれているらしいわ」
「フローもはめて」と、左手の小指にはめさせた。
お互いの小指を近づける。
「赤い糸に見えるでしょ」
説明恥ずかしいわと思いながらフローをチラッと見上げると、頬を赤くしたフローの顔が近づいてきて、咄嗟にソファの端まで逃げた。
「あ……ご、ごめん!」
「ごごごめんじゃないわよ! なななにしようとしているのよ!」
「シトリンが可愛すぎて、勝手に体が動いていたんだ! ごめん!」
ま、まさか、フローにルチル様現象が現れたっていうの?
「すすすきが爆発したっていうの!?」
首を捻って少し考えた素振りを見せたフローが、納得したように頷く。
「うん、そうみたい。その言葉がしっくりくるよ」
えええ!? だだだめよ!
初めてのキスは結婚式なのよ!
「勝手に体が動かないようにしてよ!」
どうして不服そうな顔をされないといけないのよ!
「頑張るけど、無理だった時はごめんね」
「無理な時を作らないで!」
「頑張るよ」
手を繋ぎたいと言われたけど、断ってやったわ。
不服そうにされた仕返しよ。
それに、座っているのに手を繋ぐ意味が分からないわ。
フローってば、バカな上に変人だったのね。
困ると思っているのにどこか楽しいなんて、私も変人なのかしら……嫌だわ……




