45 〜 シトリンの心の行方 4 〜
土曜日に、アヴェートワ公爵家に行って後悔した。
ルチル様がいるってことは、オニキスがいるということ。
遊ぶ分には楽しいからいいが、オニキスの前で指輪を決めるのは嫌だなと思った。
何を言われるか分かったものじゃないからだ。
応接室に通されると、机いっぱいに指輪が並んでいた。
執事の説明曰く、今ルチル様は他に来客があり、もう少しかかるだろうとのことだった。
約束の時間よりも早く来すぎたことは理解していたので、先に指輪を見ながら大人しく待つことにした。
指輪以外にもタイピンがあって、婚約指輪が誕生日プレゼントって確かにおかしいわね、と気づいた。
15分ほどで、ルチル様とオニキスはやってきた。
「シトリン様。出迎えができなくて申し訳ございませんでした」
「私が早く来すぎたのよ。気にしないで」
「ありがとうございます」
何も言わず部屋の隅にある1人掛け用の椅子に座るオニキスを、訝しげに見る。
「よさそうな指輪はありましたか?」
「ルチル様が言っていた私が気に入るって指輪は、これかしら?」
ピンクゴールドのシンプルな指輪に、小さな宝石がぶら下がっている。
可愛いと思って、ずっと眺めていたのだ。
「はい。宝石が揺れて、可愛らしいですよね」
「そうね。好きなデザインだわ」
「でも、婚約指輪でしたら、こちらはいかがですか?」
ルチル様から指輪の説明を聞いて、絶対にこれにするってなった。
フローは無骨じゃないから、このデザインでも似合うわ。
手が綺麗だもの。
「これにするわ」
「フロー様に聞かれなくてよろしいんですか?」
「いいのよ。私が気に入ったものなら嫌がらないわ」
私を第一に考えるって、フローが言ったんだもの。
「サイズは事前に調査済みですからこのまま持ち帰れますが、どうされますか?」
「あのタイピンと一緒に持って帰るわ」
帰るまでに侍女が包んでくれるというので、別室でお茶をすることにした。
タイピンだけ執事に支払い、婚約指輪は後日の支払いになった。
予算があるだけで、支払いはスミュロン公爵家になるからだ。
別室に来ても、オニキスは黙々と何かを読んでいる。
紙の束を、面白そうに読んでいるのだ。
「ねぇ、ルチル様。オニキスは何を読んでいるの?」
「あれは、私が出資する小説家の処女作ですの」
「ルチル様、そんなことまでしているの!?」
「あー! ここまでだなんて……続き欲しい……」
オニキスは読み終わったようで、紙の束を横に置いた。
「シトリン嬢、指輪決まったみたいでよかったね」
「ええ。そんなことよりも、その本そんなに面白いの?」
「めちゃくちゃ面白かったよ。普段読まない俺でも、早く続き読みたいって思ったからね。ルチル嬢、これ絶対流行るよ」
おかしいわ。
どうして私に読ませてくれないのかしら。
私が毎日小説を読んでいることは知っているのに。
読ませてくれないかしら。
読みたいわ。
「しかも、少しずつ販売するって、よく思いついたよね。販売の日は本屋に列ができるだろうね」
「続きが欲しくて、皆さん必死になられるでしょうね」
読みたいわ。
私には先に読ませてくれていいと思うわ。
「本が薄くなる分、単価は安くなりますからね。文字が読める平民の間でも流行ってほしいですよね」
「それ、さっきも言ってたけど、平民向けの読み聞かせとかあったらいいんじゃない。入場料払うだけみたいなさ」
「いいですね!」
「待ちなさいよ!」
私を置いてけぼりで話しすぎなのよ!
「私が読んで、本当に面白いか判断してあげるわ」
オニキスに寄越しなさいという風に、手を出した。
笑いを堪えているオニキスに文句を言いたかったけど、読むのが先だ。
「心配していませんが、他言無用でお願いします」
「分かっているわよ」
どんな話か気になって、その場で読むことにした。
ルチル様とオニキスは暇になったのか、トランプをし始めた。
こんな話、読んだことないわ。
今ある恋愛小説は、結婚した後に恋に落ちるものと、幼馴染から結婚するものに偏っているもの。
こんな対立している家の子供たちが、恋に落ちる話なんてないわ。
対立しているのに許してもらえるのかしら?
お互い、対立している家の子供だって分かったのね。
どうするのかしら?
「え? ここで終わり? ルチル様、続きはないの?」
「続きは今から書かれるそうですよ。今日は、こんな感じでどうでしょうか、と持ってきてくださったんです」
来た時に聞いた来客って作家が来ていたの!?
会いたいわ!
この続きがどうなるのか聞きたいわ!
「私も作家に会えるかしら?」
「あー、うーん、どうでしょうか」
曖昧な返事ね。どっちなのよ。
「無理だと思うよ。隠れて書いているみたいだから」
「恥ずかしがり屋さんですからね。でも、そのうち会えると思いますよ」
「分かったわ。でも、続きができたら先に読ませてよ」
「絶賛されていたとお伝えしておきますね。きっと喜ばれると思います」
オニキスが会えているのはムカつくけど、仕方がないわ。
続きが気になるのも確かだけど、私は本の話をしたいわ。
きっと、たくさん本を読んでいるはずだもの。
いつか会える日を楽しみにしていましょ。
婚約指輪も決まったし、誕生日プレゼントも買えたし、面白い本が読めたしで、大満足した1日だった。
ルチル様の側は楽しいことばかりだわ、と心を弾ませて帰宅した。
今日でシトリン視点が終わるかなと思っていましたが、終わりませんでした。
明日投稿の46話までお付き合いください。
シトリン視点は、今後出てくる予定はありませんので、堪能していただければと思います。
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