21
アズラ王子殿下が帰るので、転移陣まで見送りに行く。
いつものように手を振って別れようとしたが、アズラ王子殿下が侍従兼護衛のチャロに向かって手を軽くあげた。
すると、チャロは腰に巻いていた小さなバッグから、15㎝くらいの正方形の箱と白い百合の花束を出した。
「え? その小さな鞄に、どうやって入ってましたの?」
「そっち?」
アズラ王子殿下が肩を震わせて笑い出し、そんなアズラ王子殿下を祖父と父は睨んでいる。
ルチルは、2人が怒っている理由が分からず首を傾げた。
「アヴェートワ前公爵、アヴェートワ公爵、怒らないでよ。」
「百合の花束を持ち帰られるなら怒りませんよ」
百合の花束……百合の花束……
聞いたことあるような……
「白色だから問題ないよ。僕の百合は青色の百合だから」
「色の問題ではありません」
「白色の百合に意味はないよ」
「百合を渡すという行為に意味があるんですよ」
「それは仕方がないよ。僕はルチルが好きだからね」
はい?
呆然としながらアズラ王子殿下を見ると、本当に6才か? という妖しい微笑みを向けられた。
いつもの天使の微笑み、どこいった?
「ルチル、誕生日おめでとう。当日にお祝いできなくてごめんね。受け取ってくれたら嬉しいな」
「えっと……」
「難しく考えなくていいよ。受け取ってくれるだけでいいんだ」
「その……でも……」
思い出した! 百合の花は、婚約者の証!
「僕のこと嫌いかな?」
「嫌いとかではなくて……」
むしろ、めちゃくちゃ可愛い天使のファンだよ。
うちわ作って、振りたいくらいファンだよ。
娘とよくアイドルのコンサートに行ったなぁ。
ルチルがしみじみしている間に、アズラ王子殿下はルチルの手を取って、手にプレゼントと花束を置いて離れた。
「落ちる!!」と思い、咄嗟に抱えてしまった。
アズラ王子殿下を少しだけ睨んでみたが、愛々しい笑顔を向けられただけだった。
てへぺろ、可愛い!
あざといと分かっていても、最高に可愛い!
「嫌いじゃないなら、僕が青い百合の花束を渡すまでに考えてほしいんだ」
可愛い天使に会えなくなるのは嫌だけど、こんな小さな子供と結婚の約束をするのは困ると思うのとで、どう返事をすればいいのか分からなくなる。
ルチルは前世の記憶から、小さな可愛い子供と遊んでいる感覚でしかなく、まだ前世の夫を想っている。
いや、想っているというより、長年連れ添った色んな情がある。
それに、今世の自分はまだまだ子供で恋愛に興味が無い。
やっぱり花束は返そうと思った時、小声で話し合っていた祖父と父から同時にため息が落ちた。
「ルチル、花束は返さずそのままで」
「お祖父様……ですが……」
「それと、アズラ王子殿下」
「なにかな?」
「ルチルは、アズラ王子殿下の婚約者ということでよろしいでしょうか?」
「婚約者候補じゃなくていいの? 君たちが嫌がると思って白い百合にしたんだよ。どういうことかな?」
お互い微笑んではいるが、目が笑っていない。
「1つは、ルチルへの求婚者を減らすためです。今から多くて困っていたんです」
そうなの? 聞いたことないよ?
「そうだろうね。アヴェートワ公爵家と縁を結びたい者は多いだろうからね」
「その通りです」
「1つはってことは他にもあるんだよね。なに?」
「もう1つは、何者からに対してもルチルを守ってほしいのです」
「それは、当たり前のことだよ」
「必ずですよ。他の貴族でもあっても、隣国であっても、神殿であってもです」
「ああ、陛下や王妃殿下からも守ってみせるよ」
祖父とアズラ王子殿下は数秒見つめ合い……もとい、数秒睨み合った後、視線を和らげた。
「約束ですからな。もし破られましたらアヴェートワ公爵家は反旗を翻しますから」
「分かった」
え? え? ええ!? ちょっと待って!
怖い怖い怖い!
そして、あたしの意見は!?
分かってる、分かってるよ。
貴族令嬢に生まれたからには、政略結婚は当たり前って。
でもね、少しくらいあたしの意見、聞いてくれてもよくない?
それに、まだ7才だよ! 早くない?
「後日、青い百合を持ってくるよ。その時に婚約式の話をしよう」
「うっ……いや、まだ婚約式は早すぎるかと思います」
「そんなことないよ。今から準備しても来年になってしまうだろうし、何より大々的にする事でルチルが婚約者だと示せるからね」
「いや、しかし……」
顔を歪ませる祖父に、アズラ王子殿下は笑みを深める。
「アヴェートワ前公爵。ルチルは僕の婚約者でいいんだよね?」
「はぁ……そうですね」
「アヴェートワ公爵もいいんだよね?」
「アズラ王子殿下以外に適任者がいませんので」
「そう、ありがとう。王子に生まれてよかったよ」
最後にルチルににこやかに微笑んで、「またすぐに来るね」とアズラ王子殿下は父とチャロと共に転移陣で消えた。
理解が追いつかず祖父を見上げると、眉を下げた祖父に抱きかかえられ、邸の祖父の執務室に向かった。
ソファに下ろされ、祖父は父と話したことを教えてくれた。
「私を神殿から守るため、ですか……」
「そうだ。光の魔法の使い手は、王族と結婚するか神殿で過ごすかのどちらかになる。それ以外は認められていないんだ」
「お祖父様やお父様は、神殿で過ごすよりも王族と結婚した方がいいとお思いなんですね」
祖父が、ゆっくりと頷く。
「ルチル。絶対に1人では神殿に近づかないでくれ。それに、神官や信者だと思う人たちにも近づかないでほしい」
「わかりました」
「それと、王妃になることが嫌なことも分かっている。しかし、法の改正には時間を要する上に、今の時点で光の魔法の使い手云々に手をつけられない。ルチルが結婚するまでに変えられるよう努力する」
「はい、ありがとうございます」
祖父の執務室を出て、自室に戻ったルチルは盛大に項垂れた。
それはもう、床に体が食い込むんじゃないかというくらい項垂れた。
ああ、もうどうしたらいいのー!
あたし、光の魔法の使い手じゃないよ!
スイーツのレシピを見たのは、夢じゃなくて前世の記憶だからぁぁぁぁぁ!
アズラ王子殿下は、あたしが光の魔法の使い手じゃなくても気にしないだろう。
問題は、お祖父様とお父様が今回の婚約を決めた決め手が、あたしが光の魔法の使い手ってとこだ。
2人が相当嫌がるということは、神殿はまともじゃないんだろう。
だから、王家か神殿かとなれば、王家に行きますってなるんだろう。
でもそれは、あたしが光の魔法の使い手だった場合の話で……
これ、違うって分かった時、どうなるんだろ?
法の改正までしようとしているのに……
乾いた笑いが出てくる。
はぁ……7才で同じ年の子と婚約かぁ……誰にも嫁ぎたくないなぁ……
目を閉じて、瞼の裏に前世の夫を思い浮かべながら、ルチルはそのまま眠りに落ちた。
いいねやブックマーク登録ありがとうございます。嬉しく、そして励みになっています。
誤字報告はお手数をお掛けしています。
時間がある時にもう一度1話から読み直し、順次文字訂正をしています。表現を少し変えたりはしても内容の変更はありません。
それでも誤字脱字があったらすみません。今後努力いたします。
読んでくださっている皆様にとても感謝しています。ありがとうございます。今後も読み続けてもらえるよう頑張ります(`・ω・´)ゞ