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またスペンリア伯爵が怒鳴ろうとした時、国の騎士団員が数人、壊れたドアから入ってきた。
「殿下。罪人を連れていってもよろしいでしょうか?」
アズラ王太子殿下が小さく頷いた。
騎士団員たちが、スペンリア伯爵夫妻とマラ伯爵令嬢に近づく。
「待て! 罪人とはどういうことだ!」
「スペンリア伯爵、往生際が悪いですよ。悪政をし、娘のマラ伯爵令嬢が公爵令嬢相手に殺人未遂をしたんです。家族全員捕まって当たり前じゃないですか」
「ナギュー公爵令嬢を殺そうとしたのは、ゴシェだ! マラじゃない!」
「その嘘、しつこいですね。うんざりです。お昼休みの時間ですよ。誰もが大食堂に向かう時間です。目撃者が、トスカシウス子爵令嬢だけなわけないじゃないですか」
嘘泣きをする余裕がなくなっているマラ伯爵令嬢が、血の気がない顔で震えながら見てきた。
「う、うそよ……だって、ちゃんと周りを確認したもの……」
「嘘じゃありませんよ。周りに数人いましたよ」
「嘘よ! いなかったわ! 誰もいないことを確認して、突き落としたんだから!」
いただきました。
今更、口隠しても遅いからね。
「無人島行き、おめでとうございます」
真っ青な顔で、本気で泣き出しても遅いっての。
騎士団員に無理矢理立たされた3人は、おぼつかない足で連行されていった。
冷めた瞳で3人を見送ってから、ゆっくりとゴシェ伯爵令嬢に近づいた。
「相談もせず、スペンリア領を買い取ってしまってすみませんでした」
「あ、い、いえ、領民の支持は正しいと思います」
「ゴシェ様にとって、スペンリア領は大切ですか?」
ゴシェ伯爵令嬢が俯いた。
「分かりません。母は倒れた後、領地を気にしていました。私には、母が頑張っていた場所という感覚しかありません」
ゴシェ様の母親が亡くなったのは、彼女が6才の時だ。
再婚は1年後だが、数日後に不倫相手と子供を伯爵家に迎え入れている。
その時から心の奥底に何もかも沈めてしまい、気持ちの整理はついていないのかもしれない。
「あ、あの、私は、捕まらないんでしょうか? 家族……私は、家族じゃ……」
ごめんね。辛いよね。
でも、ゴシェ様だけが捕まらないようにするためには、あの言葉も一筆も必要だったの。
シトリン様の事故がなければ、もう少し慎重に事を進めて、贅沢をしていた3人だけを平民にする予定だったのよ。
でも、今回の事故で、それだけでは済まなくなったから。
購入予定も計画も全て水の泡になりそうだったから、急いでオニキス様に各方面に連絡をしてもらって、時間稼ぎにナギュー公爵から進行を奪うっていう強硬手段に出たの。
ゴシェ様が、家族をどう思っているか聞いたことはない。
クズでも、家族は家族だ。
もっとゴシェ様を配慮するべきだった。
本当にごめんね。
「ゴシェ様、ベルナヴェル伯爵家をご存知ですか?」
「はい、お母様の実家です。縁を切っていると聞いています」
「縁を切られていませんよ。毎月ゴシェ様にって、プレゼントを贈られていたそうですよ」
「え?」
やっぱりねぇ。知らなかったよね。
ベルナヴェル伯爵家には、スペンリア伯爵から、ゴシェ様が母親と似ている人を見ると情緒不安定で暴れ出すから会わせられないと、説明がされていた。
それでも、大事な娘が生んだ子供を大切に想い、孫のためにと贈り物をしていたそうだ。
ほんっと、あのクズめ!
一先ず王城の地下牢に連行で、これからナギュー公爵を交えて、今後どうするかを話し合うんだと思う。
無人島送りは勝手に言ったことだけど、ナギュー公爵なら無人島送りにするだろう。
やりすぎだとかで反対があったとしても、言質があるんだから問題ない。
「ベルナヴェル伯爵家が、ゴシェ様を養子にと言われています。現当主は、ゴシェ様のお母様のお兄様だそうです。子供はいらっしゃらないそうです」
「え?あ、あの、私……」
「決められるのはゴシェ様ですが、ベルナヴェル伯爵家の皆様とお会いされてみてはいかがでしょうか?」
希望は、ベルナヴェル伯爵家に入ってくれること。
じゃないと平民になっちゃうから、シトリン様とのお付き合いができなくなっちゃうの。
でも、嫌だってなるなら、アヴェートワ領のどこかに家を用意するからね。
シトリン様とゴシェ様が友達でいられるように頑張るよ。
働くまでは資金援助もするからね。
それに、将来スペンリア領で働きたいってなるなら、あたしの代わりに経営してくれたらいい。
まだ言わないけどね。あたしは大歓迎だよ。
「会って、みます……」
「きっと喜んでくださいますよ」
終わった。
シトリン様の様子を見に行こう。
ゴシェ伯爵令嬢に手を差し出して、掴んでもらった手を引っ張った。
立ち上がったゴシェ伯爵令嬢に、優しく微笑みかける。
「ルチル公爵令嬢」
へ? なんだろ? なんでだろ?
怒りを抑えているようなナギュー公爵の声は、きっと幻聴だ。
「聞こえていますよね? ルチル公爵令嬢」
「はい」
澄ました顔で、ナギュー公爵に向き直る。
「50点です」
厳しい目つきに、さっきの話し合いのことだと瞬時に理解した。
「……50点。ええ!? たったの50点ですか!」
「はぁ、甘くつけて50点です。あんなお粗末で、よく任せてほしいと言えたものです」
結構、頑張ったよー!
褒めてほしいくらい、頑張ったよー!
「しかし、シトリンを想ってしてくれた行動には感謝します。あの子は、いい友人を持ったようです」
ヤバい……嬉しい……泣きそうだ……
シトリン様のツンデレは、ぽんぽこ狸譲りなのか?
そんな風に考えないと、涙が落ちそうだよ……
「シトリン様は私の親友です。大好きな友達ですから、当たり前のことしかしていません」
ああ、涙が落ちちゃう……
と思ったが、ジャス公爵令息の男泣きに、感動がどっかに飛んでいった。
ルチルが目を点にして見たからか、全員がジャス公爵令息を見る。
「ジャスが泣くとこ、初めて見た」
「嬉しくてな」
「そうだな。俺も嬉しいよ」
オニキス伯爵令息が、ジャス公爵令息の肩に腕を回した。
フロー公爵令息が決意したように頷き、ナギュー公爵の前で跪く。
「お願いがあります。婚約者内定ではなく、私をシトリン公爵令嬢の婚約者にしてください。絶対に幸せにすると誓います」
は? は? はぁ!?
いつ!? いつ、そうなったの!?
嬉しいよ! 嬉しいけど、急展開だって思うのはあたしだけなの!?
「まだ早いです」
まぁ、溺愛しているぽんぽこ狸が簡単に許すわけないか。
「ですが、シトリンも同じように望むのなら正式な婚約者にしましょう」
「ありがとうございます!」
「あの子が望むなら、ですからね」
おおおおおおお!
どうした!? ぽんぽこ狸!
今日は優しすぎないか!?
「おめでとう」
「よかったですね」
「やったな」
「シトリン喜ぶ」
フロー公爵令息と一緒に喜んでいる面々を見ながら「シトリンは夢を叶えたんだな」と呟いたナギュー公爵の声は、誰にも聞こえなかった。
シトリン公爵令嬢の夢は、友達ができること、誰かに愛してもらうこと。
小さい頃から陰で泣いていたことを知っていたのは、ジャス公爵令息だけではない。
ナギュー公爵は、ずっと見守っていたのだ。
シトリン公爵令嬢がアズラ王太子殿下と結婚したい理由が、王妃殿下になればみんなから愛されると思っていたことにも気づいていた。
家族からの愛だけでは寂しそうにしていた娘を、これ以上どう愛せばいいのか分からなくなっていたのだ。
学園に通うようになって笑う回数が増えたことも、長期休みに旅行に行くと楽しそうに報告してきたことにも喜んでいたのだ。
そして、実際に目で見て、我が子の頑張りが報われたんだと胸がいっぱいになっていた。
泣かないように耐えていたのは、ナギュー公爵の方だった。
皆様が予想されていただろう色んな内容を、いい意味で裏切れていたら幸いです。
明日から、あの彼女の心の声になります。
彼女は何を思い、どう考えているのか楽しみにしていてください。
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