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月日は流れ、つい先日ルチルは7才になった。
「ねぇ、ルチル。来月のお茶会には来てくれる?」
目の前で、寂しそうに微笑みながらお茶を飲んでいるのはアズラ王子殿下。
理由は、アズラ王子殿下が5才の時から始まったお茶会に、ルチルは1度も出席をしていないからだ。
ルチルは、アズラ王子殿下に会うことは嫌ではない。
アズラ王子殿下は、2ヶ月に1度というペースでアヴェートワ領に遊びに来ている。
祖父母・父・ルチルというメンバーで昼食と新作のスイーツを食べ、普通の王子殿下が絶対にしないような領民体験をし、お土産にスイーツを持って帰るという定番コースが出来上がっている。
4年近く楽しく過ごしているんだから、仲のいい友達(幼馴染)だと認識している。
ただどうしても、ナギュー公爵家の令嬢シトリンに会いたくないのだ。
アズラ王子殿下のお茶会に呼ばれるのは、四大公爵家の子供たちと、ランダムで選ばれた貴族の子供たちだ。
ランダムで選ばれる貴族の子供は、侯爵家から準男爵家まで全ての貴族の中からくじ引きで選ばれている。
しかし、王宮に着ていく服がない貧乏貴族や、王宮まで行くのにお金と時間がかかる地方貴族は欠席していると、祖父から聞いていた。
正式なパーティーではないから断っても問題ないそうだ。
それに、侯爵家と伯爵家の当選率は多いとのこと。
さすがにここら辺は、純粋なくじ引きではないのだろう。
ちなみに、転移陣を持っているのは、王家と四大公爵家と、いくつかの侯爵家や伯爵家のみ。
それ以外の人たちは、教会にある転移陣を使用するが、転移陣の使用料が高くあまり利用されていない。
お茶会でのシトリン公爵令嬢は、必ずアズラ王子殿下の横をキープしているそうだ。
参加者の令嬢が挨拶に行こうものなら、物凄く睨んで牽制しているらしい。
睨まれるのが嫌だと思っても挨拶をしない訳にはいかないので、侯爵家の令嬢を筆頭に1列に並んで挨拶すると小耳に挟んだ。
聞いた時は「なんだそれ」と呆れたものだ。
耐えかねたアズラ王子殿下から、シトリン公爵令嬢に「他の人たちと交流した方がいい」と、やんわりとした注意を何回かしたそうだが聞く耳を持ってくれないそうだ。
そんな令嬢に、誰が会いたいと思うのか。
それに、毎年シトリン公爵令嬢の誕生日前には、スイーツで悩まされているのだ。
本音は作りたくないだが、祖父や父の疲弊している姿が可哀想で可愛いスイーツを作っている。
フルーツ飴、プリンアラモード、マカロンで、今年はもう新作を出せる気がしないと思っている。
なぜなら、真っ新で可愛い新作じゃないと嫌がられるからだ。
元々あったスイーツのアレンジを嫌がられるのだ。
本当に面倒臭いこと、この上ない。
アズラ王子殿下のように、何でも喜んでくれるならば作り甲斐があるというのに。
もちろんアズラ王子殿下の誕生日パーティーにも、毎年新作のスイーツを出している。
アズラ王子殿下の今のお気に入りは、苺大福。
今も美味しそうに3つ目を食べている。
年々食べる量が増えていて、さすが男の子だなぁと感心して見ている。
ちなみに、スミュロン公爵家のフロー公爵令息の誕生日は、アヴェートワのスイーツであれば何でもいいと、その時用意できる物にしてくれるので有り難い。
というか、普通はそうだろう。
アズラ王子殿下の誕生日パーティーで新作に拘るのは、王子であり、そのうち王太子になるんだから分からなくはない。
それに、どんな新作でも喜んでくれるからいい。
だがしかし、シトリン公爵令嬢は違うのだ。
アズラ王子殿下と婚約しているわけではない、アヴェートワと同じ四大公爵の娘なだけ。ルチルと同じ立場なのだ。
「ルチル、どうしたの? そんなに僕のお茶会は嫌かな?」
シトリン公爵令嬢のことを考えてしまっていて、返事をし忘れていた。
「そういう訳ではありません。ですが、どうしてか体調を崩してしまうんです。申し訳ございません」
辛そうに目線を下げて、目の前に置かれている苺大福を見る。
あたしも食べたい。
けど、今は申し訳なさそうにしなくちゃ。
「殿下。ルチルは、殿下以外に同じような年齢の令息や令嬢には会ったことがありません。多分ですが、それで緊張をして体調を崩してしまうのでしょう」
「そうか……」
祖父が助け舟を出してくれ、人見知り設定も付け加えようと心に決めた。
「僕は、もっとルチルに会いたいと……お茶会でも会えれば嬉しいなと思って……ごめんね」
うっ……そんな悲しそうな顔されたら心が痛い……
でも、それでも、お茶会には行きたくない。すまん。
「いえ、元気でしたら参加いたしますので。私も、アズラ様ともっとお話しできればと思っています」
とりあえず社交辞令を……って、そんなに眩しい笑顔を向けないで。
より心が痛くなったよ。
「アズラ様。お茶会はどんな雰囲気なんでしょう? どんな方たちがいらっしゃるのですか?」
知ってるけどね。
知らないふり、興味だけはあるふり。
あー、純粋な子供に対して嫌な大人だな。
いや! これはコミュニケーション能力! 親睦を深めるための会話!
「んー……いつも30人くらいで、それぞれで話してる感じかな。僕はできるだけみんなと話すようにはしているんだけど、中々難しくて」
はいはい、シトリン公爵令嬢の付き纏いでね。
可哀想に。
「その中でよく話す人たちはいるよ。スミュロン公爵家のフローと、ルクセンシモン公爵家のジャスに、ラモセイユ伯爵家のオニキス。この3人とはよく話をして、その中でもフローと話が合うかな。読んでいる本が似ていて、お互い読んでよかった本を勧め合っているんだ」
「そうなのですね」
「ジャスとは剣術の話をするし、オニキスとは食べ物の話をよくするよ。そういえば、オニキスは、毎週のようにアヴェートワ公爵家のレストランやカフェに通ってるんだって。いいなぁ」
「アズラ様は、レストランやカフェでも出していないスイーツを食べられてますよ。それに邸にはなりますが、通っているようなものですよ」
「そうだけど、食べられている回数が違うし、僕が食べたことない物まで食べているんだよ。食べてみたいって思うじゃない」
本当に、アズラ様はスイーツが好きよね。
あたしと遊ぶためじゃなくて、食べに来ているだけなんじゃないかって思うもの。
「例えば、どんな物ですか?」
「季節によって変わるフルーツケーキの全制覇」
口を隠して笑ってしまうと、アズラ王子殿下は恥ずかしそうに目を逸らした。
「そうですね。それは邸では難しいですね」
可愛いなぁ。ほっこりする。
「……そうでしょ。だから、オニキスが羨ましいんだよ」
父をチラッと見ると一瞬嫌そうな顔をされたが、仕方がないという風に息を吐き出している。
「では、私は月1で登城しますから、その時にフルーツケーキをお持ちいたしましょう」
「いいの!?」
「はい。ルチルと仲良くしてくれているお礼です」
「嬉しい。ありがとう、アヴェートワ公爵」
ルチルも苺大福を食べ終わり、その日は川釣りをして楽しんだ。