28
薬菓を食べ終わり、アズラ王太子殿下がそろそろ仕事を再開しようとした時、ドアがノックされた。
チャロが開けると、ナギュー公爵が入ってきた。
「失礼いたします」
「あれ? 約束してた?」
「いいえ、しておりません。珍しくルチル公爵令嬢がいらっしゃると、小耳に挟んだもので参りました」
あたしは会いたくなかったよ。
「ルチルに用事?」
「お2人に用事があります」
向かいのソファに、これみよがしにため息を吐きながら腰を下ろしている。
「学園での出来事を聞きました。なぜ、あのようなことをされたんですか?」
「えっと……」
どのことでしょう?
「はぁ。平民を助けたそうですね」
困ったように頭を振られる。
「助けました。何か悪かったですか?」
「悪いところしかありませんよ」
ほほう、喧嘩を売りにきたと。
「宰相、どういう意味かな?」
「殿下も殿下です。何をされているんですか」
アズラ様の何が悪かったって言うんだよ!
「平民を助けるなと、仰りたいんですか?」
「そうは言っていませんよ。平民も大切な国民です」
あら、やだ。
宰相っぽい答えが返ってきちゃった。
「やり方が問題だと言っているんです。ルチル公爵令嬢は仕方がないとしても、殿下までルチル公爵令嬢の案に乗る必要はなかったんです」
あたしは仕方ないって、なに!
一応、成績優秀者なんだからね。
「僕は、あれがベストだったと思っているよ」
「嘘をつかないでください。ルチル公爵令嬢を立てているだけでしょう」
ナギュー公爵は、呆れた様子を隠すことなく、息を吐き出している。
「殿下。今が、どのように大切な時期か分かっていますよね」
「分かっている」
「では、なぜ、貴族から反感を買うようなことをされたんですか? 神殿やポナタジネット国に寝返られたら、どうされるおつもりですか?」
最重要問題を指摘されて、愚かなことをしたと自覚した。
それでも、そのことに気づいていたとしても、あのままにしておくことはできなかった。
ただナギュー公爵の言う通り、他に方法があったかもしれないと、頭の中がぐるぐると回ってくる。
「恐怖政治は必要な場面もあります。ですが、殿下には似合わない。そして、必要のない方法です」
アズラ王太子殿下の握り締めている拳が、かすかに揺れている。
「もっと考えて行動してください。お2人に伝えたかったことは以上です」
立ち上がったナギュー公爵に、冷たい視線を投げつけられる。
「シトリンが殿下の相手であれば、こんなことにはならなかったでしょうね。失礼します」
アズラ王太子殿下が抗議する前に、ナギュー公爵は背を向けて部屋を出ていった。
「ごめんなさい……」
「ルチルが謝ることじゃないよ」
「私が軽率でした」
「そんなことない」
「もっと考えなきゃいけなかったんです。行動する前にアズラ様に相談するべきでした」
助けることばかり考えて、他のことを疎かにしたんだ。
公爵家の名前を使ったくせに、使い方を間違えたんだ。
手っ取り早いとか考えちゃいけなかった。
「相談については、いつもしてほしいと思っているよ。ルチルは勢いよく突っ込んでいっちゃうから、心配なんだ」
包まなくていいよ、暴走って言っていいよ。
「ごめんなさい」
「今回のことは、相談されても賛同していたと思うから、気にしないで」
アズラ様は、優しい。
あたしはアズラ様を甘やかそうとしているはずなのに、いつの間にかアズラ様の優しさに甘えている。
「なんでも相談してもらえるように、僕はもっと頑張るよ」
違う。
アズラ様を頑張らせるんじゃいけない。
あたしが、もっと頑張らなきゃいけない。
あたしの行動全てが、アズラ様の評価につながる。
分かっていたし、気をつけていたけど、頭に血が昇って抜け落ちてしまっていた。
もっと冷静に考えよう。もっと冷静に状況を把握しよう。
心配そうに見てくるアズラ王太子殿下に、笑顔を向けた。
強がっているってバレてもいい。
頑張るからね、という気持ちを伝えたかったのだ。
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