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「ま、まってください!」
1人の男の子が、叫びながら立ち上がった。
「わた、私たちは、ダンピマルラン侯爵令嬢に言われて、全て仕方なくしたんです!」
全て?
余罪があるようですなぁ。
「仕方なく何をしたんですか?」
「そ、それは……くみ紐を、そこの平民2人に押し付けました。平民がやればいいって。でも、私は反対しました! 信じてください!」
次々に「私もです!」と、声が上がる。
はぁ? 全員、殴ってやろうか。
侯爵家よりも下の階級なんだろう。
侯爵家が怖いのは分かる。
だけど、言うタイミングがいただけないんだよ!
怒りに任せて、黒板を殴った。
教室に響く大きな音に、生徒たちは静まり返る。
「他には何をされたんですか?」
「ほ、他には、教科書やノートを燃やしたり、な、殴ったり、です……」
は? はぁ? 殴っただぁぁぁ!?
よくそれ言えたね!?
信じらんない!!
「もうありませんよね?」
「ほ、他には、言えません……」
あるんかい!
やだ、もう、あり得ない! あり得ない!!
モスアとセレの泣き声を我慢しているだろう声が聞こえてくる。
「それで、今私に許しを乞えば、あなたたちのしたことが変わると? 変わりませんよね?
ダンピマルラン侯爵令嬢に、全て擦りつけたら無かったことになるんですか? なりませんよね?」
「ぇ……」
ルチルのどうにか怒りを抑えている声に、男の子は支えがなくなったように椅子に腰を下ろした。
教室には、悲壮感しか漂っていない。
「そうだ。皆様、ご自身の教科書やノートを出してください」
ダンピマルラン侯爵令嬢を含む数人以外は、これ以上怖いことが起こらないようにと大人しく出している。
「オニキス様。申し訳ございませんが、集めてきてもらってもよろしいですか」
何も聞かず集めたくれたオニキス伯爵令息に、お礼を伝えた。
そして、教科書とノートを火の魔法で燃やした。
悲鳴が所々で上がる。
「どうされました? あなた方がしたことですよ」
冷たく言い放ち、教科書やノートを出さなかった手前に座っている子に近づいた。
見上げられた時に、扇子で力一杯肩を叩こうとして、すんでのところで止めた。
扇子は威圧する必需品なので、廊下から持っていた。
大きな悲鳴が上がるが、気にしない。
「何をするんですか?」
生徒は、震えながらも睨んでくる。
「ご存知だと思いますが、私よりも階級が上な方々は少ないんです。私は、ただ下の者たちを叩こうとしただけです。
あなたたちも、モスアとセレが自分よりも下だと思ったから色々できたんですよね。もし、他に理由があるなら教えてください」
違う子に近づき、今度は勢いよく頬を叩こうとした。
こちらもすんでの所で止め、ペチペチと弱く頬を叩く。
「私たちは貴族です! 平民ではありません!」
力任せに、扇子で机を叩いた。
黒板を拳で叩いた時よりも、大きな音が鳴り響く。
先程の子は、顔を青くしている。
「分かっていますよ。でも、私よりは下でしょう。本当に頬を叩いていたとしても、理由は十分だと思いませんか?」
「こんなことをしていいと思っているんですか?」
ダンピマルラン侯爵令嬢だ。
「あなたたちはしていいと思ったから、色々したのでしょう? どうして私はしてはいけないのかしら」
「私は侯爵家の娘よ」
「知っていますよ。何度も言いますが、貴族だろうが何だろうが、王家と四大公爵家以外は私より下なんですよ」
悔しそうに睨んでくるダンピマルラン侯爵令嬢を、興味なさそうに見る。
「理不尽だと思っていますか? 四大公爵家というだけで大きな顔をしてと思っていますか?」
力強く扇子を投げた。
ダンピマルラン侯爵令嬢の顔の横を通っていき、黒板にぶつかり落ちる。
ダンピマルラン侯爵令嬢は腰が抜けたのか、糸が切れたように座り込んだ。
「あなたたちが私に対して思ったように、モスアとセレも思ったはずですよ。理不尽だと、貴族というだけで力を振り翳してと」
ゆっくりと教壇に向かって歩いた。
「モスアとセレと同じ立場になってみて、どうですか? どれだけ酷いことをしたか分かりましたか?」
同じ目に合わないと気持ちを想像できないなんて、どんな環境で育てばそうなるんだろう。
転けたことがない子は、擦り傷の痛みを知らない。
叩かれたことがない子は、叩かれる痛みを知らない。
よく聞く言葉だけど、経験がなくても想像できるし、相手の表情や雰囲気から分かるはずだ。
叩かれたら痛い、私物を燃やされたら辛い、押し付けられたらしんどい。
簡単に想像できるのに。絶対伝わってくるのに。
これで虐められる側の気持ちが分かって、反省してくれればいいけど。
「まぁ、私はあなたたちみたいに腐ってはいませんので、叩いてもいませんし、燃やしてもいませんけどね」
教科書やノートが燃えていた火が消えると、焼かれていない教科書やノートが現れた。
ルチルが使った炎は、燃えない炎だ。
小さい時にリバーや騎士たちと練習した炎が、こんな形で役に立つなんて、何でも練習はしとくべきだと思った。
「ルチル嬢、そろそろHR終わるよ」
「戻りませんとね。モスアとセレも準備してくださいね」
目を真っ赤にして泣いている2人に微笑みかける。
「あなたたちは、今日からA組ですわ」
許可取ってないけどね。
先生も黙認していたみたいだから、それを出せば学園側はオッケーするでしょう。
それで無理なら、お祖父様と陛下にお願いしよう。
もうこれからは、虐め関連には存分に家の力を使おう。
アズラ様に嫌われなければ悪役にならない。
それに、私は主人公。きっと大丈夫。
モスアとセレをつれて、D組を出た。
「あ、あのルチル様。私たち、本当にA組に変わるんですか?」
「はい、変わりますわ。でも、今日は寮に戻っていてください。泣き顔で新しい教室に行くのは嫌でしょう」
笑顔で2人の腕を撫でてから、ルチルとオニキス伯爵令息はA組に戻っていった。
後処理で、もう少しだけ続きます。
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