18
アズラ王子殿下と遊んだ楽しくも大変だった日が、幻だったかのように時間は過ぎ、気づけば秋も深まっていた。
時間ができたので祖父に遊んでもらおうと、執務室に向かった。
執務室に祖父はいたが、ソファで頭を抱えていた。
サーぺが入れてくれたジュースを飲みながら、ため息を吐く祖父を見つめる。
「おじーさま、どうされたんですか?」
「とても面倒臭くてな。断ってしまっていいと思うんだが、断ったら断ったで面倒なことになりそうでな」
ふむ。
とりあえず、面倒臭いことが起こったということは分かった。
「ルチル、ナギュー家分かるか?」
「はい。よんだいこうしゃくけですよね。たしかとうしゅさまは、さいしょうをされている」
「そうだ。その宰相からの依頼というか、願いなんだが」
また吐かれた大きな深いため息に、首を傾げる。
「今度、宰相の子供の3才の誕生日パーティーがある。そこでゼリーを出したいとアラゴが言われたそうだ」
「よろしいんじゃないでしょうか」
「だが、アラゴは事前に、陛下からゼリーは使わせないように言われていてな」
「え? どうしてですか?」
「アズラ王子殿下の婚約者だと思われたくないそうだ」
そんなはっきり……
というか、素敵だったから真似したじゃダメなの?
ジャムの時もそうだったけど、どうしてすぐに婚約者云々になるの?
「陛下は、アズラ王子殿下が自分で決めることを望んでいるそうだ。だから、疑わしいことはしてほしくないらしい。
宰相に直接言えないからアラゴに言ってきたんだよ」
「さいしょうのかたはこわいのですか?」
「怖いというより、娘を溺愛しすぎているんだろう」
お祖父様やお父様と同類なのか。
「それで、ゼリーも娘からのお願いらしい。アズラ王子殿下と同じものがいいんだそうだ」
「でも、へいかからつかわせないようにいわれている……」
「ああ、アラゴは陛下のことは隠して『ゼリーは用意が難しいが、ジャムなら必要数必ず用意する』と言ったらしいんだが、娘が嫌がってるらしくてな。宰相から毎日のようにゼリーの用意をお願いされているそうだ」
お父様、可哀想……心労で倒れなければいいけど……
「で、ジャムやゼリーに代わる何かあればいいと思って、アズラ王子殿下が大好きなフルーツサンドはどうかと勧めたんだ。涼しくなったし、アズラ王子殿下に振る舞えるぞという意味を込めてな。なのに……それでも嫌なんだそうだ」
もう本気で面倒臭くて最終手段に出たのね。
それを断られたと。
「もうゼリーを使わせたらいいんだ。どうしてナギュー家の娘の誕生日パーティーのことで悩まなければならないんだ」
板挟み状態の祖父や父が可哀想になってきた。
「あたらしいスイーツなら、なっとくされるんでしょうか?」
「どうだろうな」
バースデーケーキは、弟のミソカの誕生日に作るため、料理長と密かに計画を練っている。
フルーツで見た目も華やかになるから誕生日にはもってこいだが、弟のために用意しているものを知らない令嬢に使いたくない。
それに、ゼリーより華やかにしていいのかどうかも迷う。
「ナギューこうしゃくけのごそくじょがすきなものって、なんでしょうか?」
「んー……そうだなぁ……宝石やドレスだろうな。王都にいない私の耳にも、購入してる数がすごいと届くくらいだからな」
なるほど。キラキラしたものが好きなのね。
だから、ゼリーなのかも。光に当てたら輝くもの。
「おじーさま、かんてんってあるんでしょうか?」
「寒天? どんな物だ?」
「ゼラチンとおなじようなものです。ゼラチンよりしょっかんをかたくできるんです」
寒天は和菓子にしか使われてないイメージだからなぁ。
スイーツが無いこの世界にあるんだろうか?
「うーん……聞いたことないなぁ」
無いのか。
海藻があれば作れるだろうけど、知らない子のためにそこまでするのもなぁ。
「それがあったら、どんなスイーツができるんだ?」
「こはくとうという、ほうせきみたいなスイーツです」
「宝石みたいなか。いい案だが、寒天かぁ。ゼラチンでは無理なのか?」
「ざんねんなことにむりなんです。てでつまんでたべられるスイーツですので」
「手でだと!? それは素晴らしいな。寒天……料理長に聞いてみるか」
料理長が寒天を知っていますようにと願いながら、厨房に向かった。




