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招待されたお茶会の日の夜に、アンジャー侯爵がポニャリンスキ辺境伯の邸に謝りにきた。
ルチルは「エンジェ様が許すと言われましたから、今回は許します」と、アンジャー侯爵を許した。
「あ、あの、ルチル様。どうして、そこまでしてくださるのですか?」
「私がエンジェ様を好きだからですわ。他に理由なんてありませんよ」
本音だ。
そりゃ、平和に暮らすためには、派閥が必要だからってお茶会をはじめた。
でも、お茶会のメンバーは誰でもいいわけじゃない。
去年の暮れに、利用しているようで苦しいと思ったけど、だからといって嫌いな人と手を組みたくないし、苦手な人と協力し合いたくない。
そして、好きな人とは、持ちつ持たれつの関係でいたい。
利用って考えるから駄目なんだ。
好きだから一緒に楽しみたい。
好きだから頼りたい。好きだから頼ってほしい。
だから、1人ではできないことは頼るし、相手が困っていたら助ける。
依存せず、助け合える関係でいたい。
きっと、それが友達だ。
エンジェ辺境伯令嬢が、静かに泣き出してしまった。
そして、ポツリポツリと話してくれた。
小さい頃から太っていて、いつも馬鹿にされていたこと。
本当は可愛いものが好きなこと。
可愛いものが好きだけど、小さい時は壊されたり隠されたりしたこと。
似合わないとドレスを汚されたりしたこと。
辛い想いをするなら、好きにならなかったらいいと思ったこと。
壊されたり、汚されたりするなら、身に着けなければいいと思ったこと。
可愛いものは鑑賞するだけでいいと決めたこと。
「こんなにも卑屈な私のことを、好きだと言ってくださって、ありがとうございます」
卑屈じゃないよ。
いっぱい我慢したんだよね。
好きな気持ちに蓋をしてきたんだよね。
自分を守るために頑張ったってことだよ。
褒めてあげたらいいんだよ。
「私は、エンジェ様のことが好きですよ。好きだから友達なんです。好きだから一緒に遊んでいるんですよ。旅行をポニャリンスキ領にして、エンジェ様とご一緒できて、本当に嬉しく思っていますわ」
「ありがとうございますっ……」
「言わなきゃ伝わらないですよね。もっと早くにお伝えすればよかったですね」
泣いているエンジェ辺境伯令嬢の背中を、優しく撫でた。
向かいの席に座っていたジャス公爵令息が、力強く頷いて立ち上がっている。
しっかりとした足取りでエンジェ辺境伯令嬢の前まで来て、跪いた。
「好きだ。結婚しよう」
へ?
は?
はぁ!?
いやいやいやいやいやいーや! 今じゃないよね!
好きなのは知ってたよ!
うん、知ってた!
でもね! 今!? 今なの!?
みんな、ポッカーンってしてるよ?
エンジェ様なんて、きっと何が起こっているか分かっていないよ?
「好きだ。好きだ。好きだ。好きだ。好きだ」
「怖いわ!!」
ナイスツッコミ! オニキス様!
「いや、しかし」
「しかしじゃないから。急に告白ってどうしたの?」
「ルチル嬢が、言わなきゃ伝わらないと言っていただろ。納得してな。言うべきだと思った」
「告白って、大勢の前ですること? 返事する相手が困るだろ」
「分かっている。本当は家督を継ぐまでするつもりはなかった」
「なげぇわ!」
「どうしてだ? 守れる強さがないと駄目だろ」
「ジャスって感じがするわ」
おかしそうに言うシトリン公爵令嬢を、フロー公爵令息が心配そうに見ている。
「だってな、ジャス。家督を継ぐまで何年あると思ってんの。その間に、エンジェ嬢が婚約や結婚する可能性高いだろ?」
「そうだな。こんなにも可愛いんだからな。家督を継げば、結婚できると思い込んでいた。反省する」
違うんだよなぁ。
今反省するのは、そこじゃないと思うんだけどなぁ。
「でも、ルチル嬢の言葉で、伝えたい時に伝えた方がいいと思ったんだ。泣いてほしくないと、ルチル嬢以外にもエンジェ嬢を好きな奴はいるんだと知ってほしくてな」
ジャス様がめっちゃ喋ってて、ちょっと感動。
「エンジェ嬢、好きだ。結婚しよう」
エンジェ辺境伯令嬢は、真っ赤になって、震える両手を握りしめている。
ルチルは撫でたままでいた手で、エンジェ辺境伯令嬢の背中を柔らかく叩いた。
「エンジェ様、思っていることを口にして大丈夫ですよ。ジャス様なら全部受け止めてくださいます。それに、私はどんな時もエンジェ様の味方ですからね。とやかく言う人がいたら、今日みたいに懲らしめてやります」
あたし、気づいてるんだよねぇ。
昼食時に、エンジェ様がジャス様の声に集中していること。
ジャス様は一言二言しか話さないから、気づくまで時間かかったけどね。
ジャス様が話した時、エンジェ様俯いてニヤけているんだよね。
これって、両思いってことでしょ。
気づいてからは、言いたくて言いたくて仕方なかったんだよね。
でも、あたしが発言すると、なぜか藪蛇になるからさ。
は!? 今発言したけど、藪蛇じゃないよね!?
両思いだよね?
「わた、私は……あ、あの……」
大きく深呼吸したエンジェ辺境伯令嬢が、決意したように握りしめている拳を頷くように1度揺らした。
「ごめんなさい」
え? え? なんでー!?
「こんな私に結婚を申し込んでいただけること、嬉しく思います。私が断るなんて生意気だと思ったので、受け入れないとと思いました。でも、そんな気持ちでお付き合いするのは不誠実だと思い直しました」
「そうか……」
嘘だよね?
2人はくっつくと思っていたよ。
どうして、あたしはオニキス様に白い目で見られているのかな?
「でも、でもね、私は、エンジェ様はジャス様のことが好きだと思っていました。ジャス様が話すと嬉しそうにされていましたでしょう」
「気づかれていたんですね」
うんうん、合ってるよね。
「私、その、恥ずかしながら、ジャス様の落ち着いた声が好きでして……」
「では、どうしてお断りなんでしょうか?」
「話したことは数回しかありませんし、どうして好いていただいているのかも分かりませんし」
「分かった。これからは、たくさん話そう。後、可愛いから好きだ。優しいから好きだ。美味しそうにご飯食べる姿が好きだ。声が好きだ。匂いが好きだ。笑っ一一
「ままままってください!」
「待とう」
ジャス様、真っ直ぐだなぁ。
柔らかいメジャーじゃなくて、30cm物差しだな。
絶対曲がらないやつ。
「婚約者候補でいいんじゃないの? 学生の間にたくさん交流して、卒業したらもう1度告白する。どう?」
「なるほど。俺はずっと好きだから問題ない」
「え? あの、でも」
「候補だから、候補。仲良くしてみても無理ってなったら断ればいいんだしさ。お互い詳しく知ってから考える方がいいんじゃないってこと」
「そうですね。それがよろしんじゃないでしょうか」
オニキス様から、もう話すなみたいな視線が……
あたし、失言してないはず。
思っていることは、口に出すべきだもの。
気持ち誤魔化したままなんて幸せになれないからね。
声が好きだからオッケーしよ。みたいなことは、エンジェ様にはできなかったはずだもの。
でも、これからは恋愛事の時は一言も話さない。
お口にチャックするよ。
エンジェ辺境伯令嬢は、「候補なら」とオッケーしていた。
嬉しそうに微笑んだジャス公爵令息の顔を、初めて見た瞬間だった。
昨日の投稿で一部名前を間違えていて、本当にすみませんでした。
教えてくださりありがとうございます。
次の投稿でポニャリンスキ領編は終わります。
明日から3日間、投稿をお休みいたします。
次の投稿は火曜日になります。
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