8 〜ジャス 心の声 1 〜
俺は、今緊張している。
初めて姉と喧嘩をして謝る時も、初めて剣を持った日も、初めて陛下や殿下に会った時も、初めて魔法を使った日も緊張なんてしなかった。
嬉しいと感じているのに、話したいと思っているのに、頭の中は真っ白だ。
早く動く心臓に急かされている気がする。
平気そうな殿下やフローが羨ましい。
「ルチル、お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
「シトリン、エスコートをさせてください」
「よろしくってよ」
どうして言葉が出てくるんだろう。
俺は口の中が乾いていて、今までどう話していたかすら分からないのに。
「3人共、すっごい綺麗だよ」
オニキスは、いつも満遍なく誉めている。
よくポンポンと言葉が出てくるものだ。
その才能を分けてほしい。
殿下たちが、歩き出してしまった。
俺も早くエスコートを申し込まなくては。
ああ、直視できない。
可愛すぎて、もう本当に可愛すぎて、隣に並ぶのが無骨な俺でいいのか? と心配になる。
でも、他の男が並ぶのは嫌だ!
男を見せろ!
こんなに軟弱で騎士になれるもんか!
「エンジェ嬢……」
俺は馬鹿か!
名前を言うだけで精一杯とは、情けなさすぎる!
「よろしくお願いします」
真っ赤な顔も可愛い。
名前しか言えなかったのに、手を取ってくれた。
優しい。
待て待て待て!
手が柔らかい! 気持ち良すぎる!
なんだ、この手は!!
落ち着け……落ち着くんだ……
無理だ!
落ち着けるわけがないだろ!
何か! 何か会話を……もう馬車に着いてしまった……
馬車の中では、シトリンが会話を振っている。
シトリンは小さい頃の我儘が原因で、今も傲慢な令嬢に見られがちだが、そんなことはない。
俺と違って、きちんと会話ができる。
それに、努力家だ。
小さい時、嫌味を言ってしまった後、影で泣いていた。
本当は友達がほしいのにと泣いていた。
悪口を吐かないように、悪口を言ってしまった日は食後のデザートは食べない、というルールを作って頑張っていた。
その努力が実ってか、今は姉やルチル嬢と親友のように仲がいい。
他の令嬢たちとも、少しずつ仲良くなっているようだ。
俺は、小さい時は周りから気持ち悪いと嫌厭されていた。
頑張っていたが、表情が変わらなかったからだ。
それに、俺が話すと笑われた。
何を話しても笑われた。
だから、段々と口数が減ってしまった。
そして、空気のように扱われることが多くなった。
今は何を言われても、どのように接しられても落ち込まないが、小さい時は傷ついて落ち込んでいた。
でもシトリンだけは、まぁ悪口もいっぱい言われたが、俺と会話をしてくれた。
一緒にいるうちに、心の機微に気づいてくれた。
無表情のはずなのに。
それに、俺の陰口を言っていた令嬢や令息たちに喧嘩を売っていた。
喧嘩はよくないが嬉しかった。
行動を共にすることが多かったからか、今はお互い兄妹のような感覚に近いんだと思う。
シトリンが笑っていると、俺も嬉しい。
シトリンも、俺が楽しい気持ちでいる時は喜んでくれる。
だから、フローとのことで泣くシトリンを見たくはない。
だけど、フローと仲良くなろうとしているシトリンの邪魔はしたくない。
フローは優しい奴だ。
優しすぎるんだろう。
女性を傷つけないのは、いいことだ。
いつも父が「女性はか弱いから守るんだぞ」と言ってくる。
「女性は守る対象で、傷つける対象ではない」と。
母や姉を見ていると「女性は強いのでは?」と思うが、シトリンやルチル嬢を見ていると守る対象という意味は分かる。
殿下が、がむしゃらに練習しているのも『守る対象』だからだろう。
死に物狂いという言葉は、殿下のためにある言葉なんじゃないかと思う。
フローには、殿下のように1人を守るようになってほしいと思っている。
その1人が、シトリンであればいいと思っている。
そういえば、フローが剣術大会の日のことを、なぜか俺に謝ってきた。
「これからはシトリンを第一に考える。ごめん、もうあんなことはしないから。本当にごめん」と頭を下げられた。
意思表明をしたいだけなのかと思って、頷いておいた。
そんなことを真面目に考えていないと、頭がおかしくなりそうだ。
可愛い声だ。
笑い声も音楽のように聞こえてくる。
話してみたい。
俺に向けられる言葉がほしい。
いや、声が聞こえる距離にいるだけで幸せなんだから、これ以上は贅沢な悩みだ。
それに、ルチル嬢が旅行を提案してくれたから、長い時間同じ空間にいられる。
学園の昼休憩だけじゃない。
朝から晩まで、ずっと一緒だ。
夢のような日々だ。
しかも今日は、もう少しだけエスコートができる。
オニキスが「エンジェ嬢のエスコートは、身長差からジャスの方が似合っているよ」と言ってくれて、本気でオニキスは神様かと思った。
馬車を降りた後は、何か話そう!
仲良くなれるよう努力をしよう!
ジャスとシトリンの関係が分かるお話でした。
ジャスの恋愛模様はもう少し続きます。
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