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ルチルはザーヴィッラ侯爵令息を、アズラ王太子殿下はキャワロール男爵令嬢を華麗にスルーしながら、春休みを迎えた。
春期のテストは、1位の人たちは変わらず、平民の全員が上位に食い込んできた。
それもそのはずだ。
2年生の成績が、就職に響いてくる。
平民のみんなは、できる限り待遇がいいところに就職したいだろうから。
シュンは家の農業を継ぐそうだが、ヌーはアヴェートワ商会で働きたいと言っている。
ぜひとも頑張ってもらいたい。
春休みのルチルの予定は、いつものお茶会と、エンジェ辺境伯令嬢の家があるポニャリンスキ辺境伯領に10日程遊びに行くのと、誕生日があるくらいだ。
ポニャリンスキ辺境伯領に遊びに行くメンバーは、ルチル・アズラ王太子殿下・オニキス伯爵令息・ジャス公爵令息・シトリン公爵令嬢・フロー公爵令息。
エンジェ辺境伯令嬢の許可を得て、お茶会メンバーを誘ってみたが、全員領地でのお茶会やパーティーが入っていたりと、予定があって来れないそうだ。
お茶会メンバーで転移陣を持っているのは、ポニャリンスキ辺境伯家とピャストア侯爵家のみ。
つまり、カイヤナ侯爵令嬢以外は行き来に時間を要してしまうし、宿泊期間も長いから先に決まっていた予定と被ってしまうのだ。
カイヤナ侯爵令嬢は、家族と旅行に行く予定があって来れないとのこと。
ものすごく残念がっていた。
ポニャリンスキ領は、トゥルール王国の西側にある。
領地の下半分がポナタジネット国と地面で繋がって、上半分には大きな湖があり、湖の反対側はポナタジネット国になる。
ポニャリンスキ辺境伯の本邸は、この湖の真横にあり、湖から攻められないよう砦が数ヶ所ある。
冬に訪れたルドドルー領よりも、重要な国境地となっている。
そして、今年の冬に伝染病が流行り、多くの国民が命を落とすノルアイユの街があるのがポニャリンスキ領だ。
街の下調べというより、食べ物が美味しいと噂で聞く街に行きたいルチルの希望で、エンジェ辺境伯令嬢に懇願して決まった旅行になる。
エンジェ辺境伯令嬢には兄が2人いて、2人共領地の騎士団に在籍しているそうだ。
辺境伯夫妻も令息2人も新年祭等に参加していないので、初めて会うことになる。
なぜなら他の領地よりも魔物が多く発生する森があり、防衛のために領地を空けられないらしい。
ポニャリンスキ辺境伯家のタウンハウスから、転移陣でポニャリンスキ領の本邸に移動した。
転移陣前には、辺境伯夫妻と令息の2人と執事だろう男が頭を下げて待っていた。
「出迎えありがとう。頭を上げて」
アズラ王太子殿下の声に顔を上げた全員を見て「母親とお兄さん2人とエンジェ様は、よく似てるなぁ」と思った。
髪の色は全員違うが、瞳の色はポニャリンスキ辺境伯が露草色、他の人たちはエンジェ辺境伯令嬢と同じ赤橙色の瞳だ。
自己紹介をし合い、本邸に案内された。
各自の部屋に通されてから、応接室でお茶をしている。
「今日は買い物でよろしかったですか?」
「はい。飴を買いたいのです」
ポニャリンスキ領の名産は飴だ。
飴があってもいいなぁと思っていたルチルが、祖父に作りたいと言った時に飴があることが発覚した。
でも、甘くないらしく、お茶や漢方などの飴になる。
理由は、甘味の概念がなかったことと、飴は魔物討伐時の非常食の1つになるからだった。
ルチルは甘さを求めて飴が欲しいわけではなく、喉が痛い時や口が寂しい時に欲しいだけなので甘くなくていいのだ。
むしろ、漢方の飴が欲しいのだ。
でも、甘い飴があってもいいじゃないか。
そう思い、父からポニャリンスキ辺境伯に果物の果汁の飴を提案してもらって、現在では果汁の飴もフルーツ飴も生産されている。
フルーツは、アヴェートワ領の果物を使用してもらっている。
提案して、取引をきちんと結んだのだ。
「飴ですか。言ってくだされば、学園にお持ちしますのに」
「色とりどり並んでいる飴から選びたかったんです。飴だけのお店があると聞き及んでおりますわ。そこに行きたいです」
「分かりました。昼食後、ご案内しますね」
ドアがノックされ、エンジェ辺境伯令嬢が返事をする前にドアが開いた。
不作法な態度に、顔を顰めそうになる。
「エンジェさん、ごきげんよう」
ああ? どこのどいつだ?
ってか、ほっそ! 枝だよ!? 棒切れだよ!?
どうして? ご飯食べなよ!
入ってきたのは、フリルたっぷりのドレスに、煌びやかなアクセサリーをつけた女の子だった。
卵色の髪に群青色の瞳をして、髪の毛を巻貝のように巻いている。
見るからにエンジェ辺境伯令嬢は、萎縮してしまっている。
「アイオラ様……あの、なにかご用でしょうか?」
「あなた、何を仰っているの? 殿下が来られているのよ。私が案内しないで誰がするというの?」
扇子でエンジェ様を指すんじゃない。
どんな関係の人なんだろう?
「あの、皆様は学友ですので、私が案内をします」
「空耳かしら? あなたに案内なんてできるの? 食べ物しか知らないのに」
ほほう、この女は喧嘩を売りにきたと。
エンジェ様の代わりに買ってやろうじゃないの。
「お話を割って申し訳ありませんが、あなたは誰なの?」
「これは失礼いたしました。わた一一
「あ、ごめんなさい。名前を教えてほしいとは思っていないの。許可もなく勝手に部屋に入ってくるような人、覚える必要ありませんから」
瞬間湯沸かし器のように頭に血が昇ったのだろう。
不躾に睨んでくる。
「キャ! アズラ様、怖いですわ。あの方、私を殺すような目で見てきます」
横に座っているアズラ王太子殿下の腕に抱きつき、縋るように顔を向ける。
「本当に無礼だよね。殺される前に殺そうか」
ん? アズラ様の悪ノリだよね?
そこまでノってくれなくていいんだよ?
「ででんか、わたわたくしは殺すなんて、そんなこと!」
「誰も話しかけていいなんて言ってないけど」
「もももしわけございません」
「アズラ様、あの方いつまでいるんでしょう。邪魔ですわ」
「そうだね。ルチルがそう言うなら、土にでも埋めてしまおうかな」
悪ノリだよね?
アズラ様が真顔で言うと怖いからね。
「もももしわけございません! ししつれいいたします!」
アイオラという名前の女の子が、駆け足で部屋から出ていった。




