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2月14日。
誰かの恋は実り、誰かの恋は儚く散る。そんな日だ。
ルチルは、朝女子寮に迎えに来てくれたアズラ王太子殿下、オニキス伯爵令息、ジャス公爵令息に「これからもよろしくお願いします」とチョコレートを渡した。
「僕だけじゃないのか」と拗ねたアズラ王太子殿下とは、放課後一緒に食べようと提案している。
校舎の前には女子の塊があって、ほとんどがアズラ王太子殿下に渡そうとした勇気ある女子たちだった。
アズラ王太子殿下は、全員に向かって大声で謝っていた。
次に人気だったのは、オニキス伯爵令息。
剣術大会のプレゼント同様、好きな人がいる宣言をし、それでも受け取ってほしいという子だけ受け取っていた。
ジャス公爵令息は、普通に全部受け取っていた。
教室に着くと、ザーヴィッラ侯爵令息が挨拶にやってきた。
そして、片膝をつき、チョコレートと花束を差し出してきた。
「ザーヴィッラ侯爵令息。何回も言いますが、アズラ様以外の方からは受け取れませんの。諦めてください」
「私はイバラの道でも構いません。陰でもいいのです。受け取ってください」
人の話聞けやー!
諦めろって言ってんだろがー!
「私は、イバラの道も陰も要りませんの。アズラ様がいれば、それでいいのです。ですから、私のことは諦めてください」
「それでも諦めきれないのです! 好きです! 受け取ってください!」
チョコレートも花束も燃やしてやろうか!!
「HR始めるぞー。ザーヴィッラ侯爵令息、邪魔になるから席に着け。そして、これは俺が預かっといてやる」
「先生! それは、ルチル嬢への愛のプレゼントです!」
名前で呼んでいい許可も出してないぞ、こら!
嫌がるザーヴィッラ侯爵令息から、マルニーチ先生がチョコレートと花束をぶんどっている。
「アヴェートワ公爵令嬢とラセモイユ伯爵令息も席に着け」
「はい」
今年も担任は、マルニーチ先生だ。
そして、ルチルは知っている。
来年の担任もマルニーチ先生だと。
席に着いて、小声でエンジェ辺境伯令嬢と挨拶をした。
休憩時間毎に、廊下から楽しそうな声が聞こえたり、教室では隅で泣いている子がいたりした。
オニキス伯爵令息は、休憩時間の度にチョコレートをもらっている。
「当分買わなくてよさそうですね」
「チョコレートはカフェテリアにないからありがたいよね」
「チョコケーキはありますよ」
「固形が食べたくなるの」
さようですか。
昼食の時間になったが、いつもはルチルたちより先に来ているアズラ王太子殿下とジャス公爵令息の姿が見当たらない。
食事を選び終わり、席に着いた時に、ようやくやってきたアズラ王太子殿下はとても疲れていた。
「アズラ様、食事されないのですか?」
「うん、食欲ないからルチルのチョコ食べるよ。放課後用に少し残すから、約束は守ってね」
「一緒に食べなくても、放課後はカフェテリアでも図書館でもいいので行きましょう。ですから、食べられるだけ食べてください」
昼食を選び終えたジャス公爵令息が、席にやってきた。
ジャス公爵令息には疲れた様子がない。
シトリン公爵令嬢たちも現れ、次々に合流した。
「アズラ様、何かありましたか?」
「何かというより、キャワロール男爵令嬢だよ。ねばりが強すぎてね」
「殿下の口にチョコを入れようとしたんだ」
はい? あの子、そんなことしたの?
学園の中じゃなかったら、不敬罪って言われてもおかしくないよ。
「でも、ジャスが防いだんでしょ?」
「防いでもらっているけど、話している時に投げてきたりもして避けるのが大変なんだよ……本当に執拗に追いかけてくる……」
食べ物投げるんじゃなーい!
はっ! ダメだわ!
なんだか今日は、沸点が低い気がする。
朝のザーヴィッラのせいだ! あの糸目め!
「美味しい! ルチルのチョコ、美味しいよ」
アズラ様の笑顔も極上ですよ。
尖った心が丸くなるわぁ。
「す、すみません」
「カイヤナ様、どうされました?」
「あ、あのルチル様ではなくて、フロー様に、よようじが、その、ありまして」
いや、待って。
これ、きっとチョコを渡しに来たんだよね?
どうしてシトリン様もいる時に来たの?
どうして、今なの?
こっそり渡そうよ。
「なんでしょう?」
「あ、あの、チョコを受け取ってください!」
背中に隠していたチョコを、物凄いスピードで差し出している。
「えっと……」
「ナッツのチョコがお好きだとおうかがいしましたので、ナッツのチョコにしました」
カイヤナ様の恋も上手くいってほしいと思っているけど、シトリン様にも幸せになってほしいのよ。
フロー様の気持ち次第だから、どっちかが選ばれるかもしれないし、どっちも選ばれないかもしれないけど。
でもなぁ、きっとシトリン様の方が相性いいと思うんだよねぇ。
フロー公爵令息がシトリン公爵令嬢をチラチラ見ているが、シトリン公爵令嬢は我関せずで食事を続けている。
「申し訳ないんですが、誰からも受け取らないようにしているんです。すみません」
「……誰からもですか?」
「はい。誰からもです」
「……分かりました。お騒がせして申し訳ございませんでした」
いつもは毅然としているカイヤナ侯爵令嬢は、影を背負って離れていった。
目が泳いでいるエンジェ辺境伯令嬢とゴシェ伯爵令嬢と3人で、猛烈に話がしたいと思ったルチルである。
だって、カイヤナ侯爵令嬢がいた時の雰囲気が殺伐としていたのだ。
ルチルの知らない間に、やっぱり何かあったに違いない。
そして、オニキス伯爵令息が教えてくれなかった内容に、カイヤナ侯爵令嬢が関わっているんだろうということまでは想像できた。
カイヤナ侯爵令嬢も自信がなければ、大勢の前で渡そうとはしなかったはずだ。
何をしたんだ、フロー様……
「フロー、私もチョコは用意しているんだけど、いる?」
「え? シトリン作ったの?」
「作ってないわ。買ったの」
うん、だよね。シトリン様は不器用だからねぇ。
それ以前に厨房には入れないだろうからね。
「もらうよ」
シトリン様のチョコは受け取ると。
なるほど、なるほど。




