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「疲れましたね」
「はい、疲れました。あんなに面白くないパーティーは初めてです」
「ルチル嬢、本音ダダ漏れですよ」
「先に漏らしたのはオニキス様でしょう」
ルチルたちは学園のダンスパーティーが終わって、アヴェートワ公爵家に向かっている王家の馬車の中だ。
アズラ王太子殿下の護衛騎士たちが、馬車の周りを固めている。
ダンスパーティーが疲れた理由は、他のクラスや他の学年の生徒たちが群がってきたから。
接点を作ろうと、一心不乱に話しかけられたからだ。
それなのに、内容はただ外見や成績を褒め称えるものばかりで、面白くも楽しくもなかった。
家の事業を把握して事業を持ちかけてきたり、将来やりたい事の話なら楽しいのにと思っていた。
通常の貴族社会に適用されている、身分が下の者からは話しかけないというルールのありがたさが、身に染みたパーティーだった。
アヴェートワ公爵家に着くと、父が不安げに出迎えてくれた。
いつから表に立っていたのだろうと思うほど、頬や鼻が赤くなっている。
「お父様。ただいま戻りました」
お父様……そんなに泣くと、みんなドン引きしますよ……
それに、あたしの胸が痛くなるから泣かないでください。
「ルチル、すまなかった……」
「もう怒っていませんよ。大好きなお父様と話せなくて、私も寂しかったんですから、2度とあのようなことは考えないでくださいね」
「分かっている……2度としない……許してくれてありがとう……」
父と抱き合って、父の背中をゆっくりと数回叩いた。
「お嬢様。皆様、用意が終わっておられます」
ブロンの声に、父の背中を最後にもう1度叩いてから離れた。
「分かったわ。どこにいるのかしら?」
「応接室にいらっしゃいます」
「では、ダンスホールに案内をお願い。私たちは、このまま向かうわ」
「かしこまりました」
アズラ王太子殿下のエスコートで、アヴェートワ公爵家の中では小さいダンスホールに向かった。
小さいといっても100人は余裕で踊れる広さだ。
広すぎて物寂しくなったらどうしようと思っていたが、なんてことない。
オーケストラ並みの楽団が来ているし、花畑にでもいるような錯覚に陥るほどの花が床に飾られている。
料理も多種多様なものが用意されている。
「さすがアヴェートワ公爵家。圧巻だね」
「後でお父様にお礼を言いますわ」
許してほしいから失敗できないという必死さが伝わってくる。
時間をさほど空けずに、平民のみんなと女装した弟と祖父と父がやってきた。
平民のみんなは緊張で震えているのか、恐縮して震えているのか分からないが、小刻みに震えながらも見たことのない空間に顔を輝かせている。
「皆様、本日はお越しくださりありがとうございます」
「い、いえ! 私たちこそ、このような場所に呼んでいただき、誠にありがとうございます」
弟が、ヌーに「カーテシーだよ」と耳打ちしている。
ハッとしたヌーがカーテシーをすると、他のみんなも慌ててお辞儀している。
「頭を上げてください。今日は堅苦しくなく楽しみたくて、皆様を招待したんです。1年頑張った自分を労ってあげましょう」
顔を上げたみんなの瞳が潤んでいる。
1年本当に負けじと頑張ったんだろう。
辛く、やるせないことも多かったはずだ。
ご褒美があったっていいじゃないか。
「さぁ、先に少し食べましょうか。うちの料理人自慢の料理の数々ですわ」
「俺、腹減ってるんだよね。ようやく食べられる」
「そう言いながら、スイーツを取りに行くんですか」
「当たり前だよ。それに殿下も絶対スイーツからだと思うよ」
「うん、もちろん」
緊張しているだろう空気が、小さな笑いによって和らいだ。
父が楽団に向かって手を挙げると、緩やかに音楽が流れはじめる。
なぜここに祖父と父がいるかというと、2人にパーティー中の写真を撮ってもらうためだ。
カメラは、ルチルと祖父と父が持っている3台に加え、後5台ある。
が、リバーは、もう作りたくないと言って作ってくれない。
今はリバー以外の魔道士の人たちが、悪戦苦闘しながら作れるよう頑張っている。
なので、ルチルの提案で、出張カメラサービスの事業をすることになった。
予約制で、パーティーやお茶会、そしてお祝い事などの撮りたい時に、カメラマンがそこまで出向いて写真を撮るというもの。
写真を撮る枚数や拘束時間によって、料金が変わってくる。
転移陣や馬車の使用料も料金に加算されるが、貧乏貴族じゃなければ、低価格コースなら利用できるだろう。
カメラのお披露目は、来年の新年祭。
新年祭当日に両陛下には伝える予定で、カメラの献上はない。
欲しいと言われるだろうが、優先的な予約を約束して諦めてもらう手筈になっている。
だから、今ここで使ってしまっても構わないのだ。
平民のみんなにも、今日の思い出として写真を渡そうと思っている。
「ミソカが可愛すぎて惚れてしまいそうだわ」
「ぶー! お姉様は、僕のこと好きじゃないんですか?」
「好きに決まっているじゃない」
「殿下よりも?」
おおーい! どうして、ここでぶっ込んできた!
ほら、横でアズラ様がソワソワし出したじゃない。
逃げたい……ここから逃げ出したい……
「ミソカは、どう思う?」
「分からないから聞いているんです」
家族の中ではミソカが1番なんて言った日には、お祖父様とお父様が面倒臭くなるのは分かっている。
でも、大人なので我慢してもらいましょう。
「ミソカのことは誰よりも好きよ」
「殿下よりもですよね?」
そこ拘るなぁ。
「ええ、アズラ様より好きよ」
弟が飛び跳ねるように、ルチルに抱きついてきた。
半泣き状態のアズラ王太子殿下を見て、オニキス伯爵令息がお腹を抱えて笑い出す。
そんなオニキス伯爵令息をアンバー公爵令嬢が窘めていて、フロー公爵令息がアズラ王太子殿下を慰めている。
ジャス公爵令息は、お肉を食べている。
平民のみんなは、どう反応したらいいのか分からないようで挙動不審になっている。
これは空気を変えないと。
「アズラ様、踊りませんか?」
「……うん、踊ろうか」
アズラ王太子殿下にエスコートされながら、ホールの真ん中に向かって歩いて行く。
真ん中で立ち止まると、流れる音楽が変わった。
優雅に踊りながら、アズラ王太子殿下に微笑みかける。
「アズラ様、勘違いされていませんか?」
「なにを?」
「私は確かにミソカが誰よりも好きですが、アズラ様のことは誰よりも愛していますよ。この違いを分かっていただけますか?」
はい、蕩けた顔いただきましたー!
お祖父様かお父様、今の撮ってくれてるよね!?
さっきまで何枚撮ってんだっていうくらい、ポンポン聞こえていたから大丈夫だよね!?
ダンスが終わると、そんなに高速で拍手ってできるの? という速さの拍手をもらった。
興奮している平民の女の子たちからだ。
そこにサッとスマートにオニキス伯爵令息が、モスアに手を差し出している。
「美しいお嬢様、僕と踊っていただけませんか?」
ウインクを忘れないところが、オニキス伯爵令息だ。
「え? ええ!? わた、わたわたし踊れません!」
「リードは任せてください。では、行きましょう」
モスアの手を無理矢理取って、ルチルたちと入れ替わりで中央に向かって歩いていく。
フロー公爵令息もジャス公爵令息も、ほぼ無理矢理手を取っている。
アズラ王太子殿下はセレの手を取って、再びホールの中央に向かった。
今だ! とルチルはシュンに「踊りましょう」と誘い、シュンのぎこちないエスコートで歩き出した。
ミソカもアンバー公爵令嬢も、同じように動き出している。
踊っている最中に真っ赤になりながら「下手ですみません」と謝ってくるシュンに、「上手いも下手もありませんよ。楽しかったらいいんです」と明るく笑った。
踊り終わったらアズラ王太子殿下に見られたが、今ここでは文句は言えないようだ。
文句を言えば、平民のみんなが萎縮してしまうことは分かっている。
シュンなんて土下座してしまうかもしれない。
かなり我慢しているだろうアズラ王太子殿下を夜にどう癒そうか考えながら、まだ踊っていない子たちと踊った。
全員のダンスが終わり、休憩を兼ねて、スイーツの机の周りでお茶をした。
学園の話をしたり、平民のみんなの地元の話をしたりして、残りの時間を楽しんだ。
最後に集合写真も忘れずに撮った。
パーティーが終わり、全員が着替えてる間に、侍従たちが写真を振り分けてくれる。
みんなが帰る時に、それぞれにアルバムを渡した。
みんな感極まっていて「一生の思い出です」と、何度もお礼を言って帰っていった。
その光景に、ルチルたちは微笑み合ったのだった。
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